それらすべてが愛になる
 さて、お手洗いはどこだろう。

 確か部屋に至るまでに、中居が店の歴史や庭の説明をする合間でお手洗いの位置も教えてくれていた気がするのだけれど、正直ぼんやりしていてほとんど聞いていなかった。

 とりあえず来た通路を戻ろうと歩いていると、ちょうど清流に気づいた中居がお手洗いまで案内してくれた。

 こういうことによく使われる料亭なのだろう。
 スタッフの皆も心得ていて、すれ違いざまにお日柄も良くと微笑まれたり、着付けが歪んでいるのを素早く直してくれる。

 けれどそういった気遣いすべてが、縁談を成立させるためのプロセスに組み込まれているように思えて複雑な気持ちになった。

 (でも、拒否することなんてできないんだよね…)

 佐和子が事前に先方とほとんど取り決めしてしまっていて、あとは当事者である二人が顔を合わせるだけになっていると聞いている。

 『よかったわね、お相手はあなたみたいな人でもいいって言ってくださっているのよ』

 そうやってにこやかに言った佐和子の顔を思い出すと、気が重くなる。

 会いたくない。
 本当は、お見合いも結婚もしたくない。でも。


 お手洗いの鏡に自分の顔が映る。

 淡いピンクの地色に、薄紫の差し色と花模様があしらわれた着物。
 華やかな着物に反して、鏡に映った顔色は青白い。

 どうにか血色をよく見せようと、バッグからポーチを取り出してリップを引き直して、無理やり笑顔を作る。

 「…そろそろ戻らないと」

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