それらすべてが愛になる
 清流は座敷に戻るために、通路へと出た。

 廊下から、木々の葉が青々と揺れる中庭を望む。もう少し季節が早ければ満開の桜が、秋になれば紅葉が見られると案内の中居が説明してくれていた。

 早く戻らないとと思いつつも、清流の足取りが重い。

 今日は気温も高いせいか廊下と庭を隔てるガラス戸が開いている。
 新緑のにおいが漂ってくるのを感じながら廊下を歩いていると、中庭を一組の男女が歩いているのが見えた。
 男性はスーツ、女性は藤色の着物を着ている。

 (あとは若い二人で…ってやつだよね、きっと)

 親しげというよりもやや距離感があって、おそらく同じような縁談相手なのだろうと想像できた。

 清流の位置から男性は背中で見えない。
 けれどその隣りを歩く女性の横顔は、はにかんだ笑顔が輝いていて、楽しそうな笑い声もかすかに聞こえる。そうやって並んで歩く二人は、どことなくお似合いに見えた。

 自分ももうしばらくしたら初対面の相手と、同じようにこの庭を散歩することになるのだろうか。

 (……やっぱり、こんなの駄目だ)

 頭の中で想像しようとしても、自分はあの女性のような笑顔は作れそうにない。


 ふと、男性の方が立ち止まって、清流へと目を向けた。


 ――いけない、じろじろ見られていると思われただろうか?


 清流は見るともなく見ていただけのつもりだったけれど、もしかしたら二人の邪魔をしてしまったのかもしれない。
 自分のせいでぶち壊しなんてことになってしまったら最悪だ。

 「こんなところで一体何をしていたのよ!」

 視線が合う直前に目を逸らしたのと、佐和子が清流を探しに来たのはほぼ同時だった。

 「遅れないでとあれほど言ったでしょう?もうお相手が見えているのよ!」

 「すみません叔母さん、ちょっと迷ってしまって…」

 目の前の佐和子は、清流の謝罪にも怒りがおさまらない表情をしている。
 きっとこの場に人目が、中庭にいるあの二人の姿がなければもっと盛大に怒鳴りつけられていただろう。

 清流は佐和子に引っ張られながら、その後に従っていくしかなかった。

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