それらすべてが愛になる
 佐和子のいう通り、座敷に戻るとすでに相手は到着していた。

 清流は改めて遅れたこと謝ると、幸い相手の付き添いである母親と思しき女性が取りなしてくれて、佐和子の怒りはおさまってくれた。

 「それでね清流さん、こちらが息子の大河内善弥(おおこうちぜんや)です」

 事前に聞いていた話では、確か清流より十歳上の三十代半ば。
 黒のスーツを着た彼は正面に座った清流には目を向けることもなく、障子の向こうの坪庭を眺めている。

 「あらやだ、ごめんなさいね。この子昔からおとなしい子で、ちょっと内気なところがあるものだから」

 「いいんですよ、気になさらないで」

 彼の母親と佐和子がそれぞれフォローしているけれど、内気や緊張などというよりも、清流の目にはこの場自体にまったく興味がなさそうな態度に見えた。

 「ほら、あなたも自己紹介しなさい」

 「工藤清流です…本日はありがとうございます」

 事前に言われていた通りの挨拶をして、もう一度正面に座る相手を見据えるも、やはり目は合わなかった。


 それからしばらくは、当事者同士は口を開くことなく、付添人同士の会話だけで場が進行していく。

 何がそんなに楽しいのか二人の会話に花が咲いていた頃、ここからは二人でと言って、早々に中座してしまった。

 (この状況で二人にされても……)

 気を利かせたつもりなのだろうけれど、途端に取り残された形となってどうしたらいいのか分からない。

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