それらすべてが愛になる

5. 試用期間の始まり

 洸と衝撃的な再会をしてから三週間後、清流はあっという間に洸のマンションへと引っ越す日を迎えた。

 佐和子は、清流が洸からの結婚の提案をすぐに受けなかったことに不満そうだったのだが、そのことには気づかないふりをして家を出た。

 「工藤様、こちらです」

 事前に最低限必要な荷物は送ってしまっているので、自宅のある最寄り駅まで迎えに来てくれることになっていた。

 「あ、槙野さん」

 こちらに向かって会釈をしているのは、イタリアでも洸の運転手を務めていた槙野だ。後部座席のドアを開けてもらい乗り込むと、静かにドアが閉められる。

 「お待たせいたしました。加賀城も一緒にという話だったのですが、急遽リモート会議が入ってしまいまして」

 運転席でシートベルトを締めながら、槙野が申し訳なさそうに言う。

 「私なら大丈夫です。槙野さんの方こそお休みの日なのにごめんなさい。一度伺っているのでマンションまで自分で行けたんですけど」

 「いえ、今日お迎えに上がることは以前から決まっておりましたので、お気になさらないでください。それでは参ります」

 小さく微笑むと、車がゆっくりと動き出し加速していく。


 ちょうど一週間前、手続きのために清流はマンションを訪れていた。
 洸が住むマンションはセキュリティーに厳しく、同居となれば誰であろうときちんと手続きを踏まなければならない。

 この同居をするしないで二人の間でひと悶着あったのだが、『婚約者』という存在の信憑性を持たせたい洸の思惑と、家を出てもすぐに次の借りる部屋が見つかるか分からない清流の切実さが一致して、同居の運びとなった。

 (もしかしたら、審査で却下されるかもしれないと思ってたんだけどな)

 そうすれば、同居の話はなくなる。

 だから後日審査が通ったと聞かされたとき、もっとがっかりすると思っていた。
 けれど、連絡を受けたとき最初に沸き上がったのは『よかった』というほっととした気持ちで。

 その説明できない感情に、清流はいまだに戸惑っている。


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