starts with irregular…… (イレギュラ|から始まる……)
第1話
ちょっと古風に校舎裏。
私は1人の男の人の目の前に,緊張しながら立っている。
そしてついに
痺れを切らしたように動くその人の前,私はドクンドクンとうるさい心臓を押さえて
「あの」
「悪いけど」
彼より先に,ようやく,その震える口を開いた。
「相手を間違えちゃった友達のラブレター,返して貰ってもいいですかっっ?!?!?」
がばりと頭を下げた相手は,初めましての知らない先輩。
私は緊張と恥ずかしさで,かたかたと震える。
返事は,ない。
ーこれの人?
ーあっはい,あ……いえ
ー取りあえず,あっち
そう言って,先輩の教室からここまで移動した私達。
私が目的としているそれ,ー友達が部活の先輩宛に書いたラブレターーは,今も目の前の先輩が持っている。
抜かりなく確認済みだ。
友達曰く,下駄箱に入れたところ,人に見られないかが気になっていたせいか入れ間違えてしまったらしい。
気づいた時には他の生徒も続々登校し,最後には目の前の先輩の手にまで渡ってしまった。
さて,そんな一世一代の大事な大事なラブレター。
何故,そんな手紙の回収役に,私へとお鉢が回ったのか。
理由は簡単である。
恥ずかしい。
そして……怖い。
知り合いですらない2つも年上の先輩は,1年生の私達から見たらとても怖い。
長身で,少し長い黒髪にはメッシュが入ってて,いつも括っているらしい。
時々笑うと八重歯が覗いて……耳にはバチバチに光る銀のピアス。
休日にはネックレスに指輪まで,他人を威嚇するかのごとく身に付けているらしい(別の友達調べ)
そうして,泣いてすがる友達に代わって,私が先輩の教室へと単身で乗り込んだのだった。
わざわざ場所まで移してくれたんだ。
悪い人じゃないと思うんだけど……
待ちきれなくなって,私はちらりと斜めに見上げる。
先輩はうつむきげに,ピタリと固まっていた。
「先輩……?」
心配になって声をかけると,先輩は次第に小さく震え出す。
右手で口を覆ったかと思えば,その指の隙間からふっと音が漏れた。
気のせいかと思ったそれも次第に激しさを増す。
「はっ,はっはっ……ふ,腹いて」
わ,笑って??
予想外の反応に,私の方が驚いてしまう。
「間違えんなよ……っかも,お前んじゃねーのかよ」
「あの,だから!」
視線受けてはっとした私は,傾いた身体を立て直した。
「はいはいこれね。お前も次はねーってちゃんと断れよ。あと,宛名ぐらい書けって」
ほいっとすんなり渡される便箋。
女の子らしさ満載で,そこからこだわったのだと伝わってきた。
「どーりで。同級生かと思ったらよっぽどちびがくんだもんな。ビビったわ。俺には好かれる理由もねーし」
ひとしきり笑ったかと思えば,もういいか? と柔らかい瞳が問いかけてくる。
「あー笑った笑った。じゃーもういいか?」
「あ,はい……」
私は呆然として,友達のラブレターにシワをつけないように握ったまま頷いた。
先輩は,告白だと思って,見ず知らずの私に驚きながらも話を聞こうとしてくれて。
間違いだったと知っても起こりもせず笑って許してくれて,手紙も綺麗な状態ですんなりと返してくれた。
もしかして……すごく,いい人なのかも……
見た目だけで判断しちゃって,私も悪かったかな……
せめて後で友達には先輩がいい人だったと話そうと,私は回らない頭で思う。
「じゃーなー。お前もあんま無理すんなよ」
ぽんっと大きな手のひらが乗せられて,私は思わず片目を閉じた。
背中が離れていく。
笑顔と,ちらりと覗いた八重歯。
ヒラリと揺れた制服が,脳裏に焼き付いていくのが分かった。
ゆっくりと出来事を反芻する。
何も挨拶を返せなかった一瞬の時間が,特別になっていく。
こくり,喉がなった。
胸がきゅーと軋む。
いつの間にか,先輩の姿はそこにない。
あれは,友達のラブレターで。
これは,私の告白ではなくて。
だけど,もしまたチャンスがあるなら。
今度は自分の字と,言葉と,声で。
あの人の前に立って,告白してみたい。
あの人が誰なのか,知ってみたい。
3-2の……金田一 数馬先輩。
多分女の子に触れることになんて慣れていて。
多分,他の人より色んな女の子にモテていて。
多分,私のことなんて子供扱いをしていて。
明日には,多分忘れているかもしれないけど。
私は
「すき……だ」
初めての恋に,落ちてしまったのだった。