劣情にmistake
「なつかわく、っ」

唇が少し離れた拍子に声を出したものの虚しく直ぐに彼の舌がわたしの下唇をなぞってそのまま口内に侵入する。

はじめての舌の感触に泣きそうになりながら必死に息をして応える。


驚いたけど、嫌じゃない。

そのことに、自分でもびっくりだ。


手首と後頭部を強く掴まれたままその行為は何分か続いて、わたしがぼろぼろと泣いているのを見た夏川くんが息を切らしながらそっと離れた。

妙に色っぽい視線に、また泣きそうになる。


「っ、泣き顔やっぱそそる」


私の頬を親指でぐいっと拭う。

それから「嫌なら殴れって言っただろ」と息を吐く。

わたしの手を制していたのは夏川くんのくせによく言う。


「……嫌じゃない、」
「あーあ、やっぱ悪い子」


ぐいっと後頭部を引き寄せられて、そのまま強く抱きしめられた。

体温はぬるいのに、何故か熱っぽくなっていく自分の身体がなんだかちぐはぐで変な感じがする。

夏川くん。わたしやっぱり悪い子なのかな。もっとして欲しいなんて、強欲だよね。


「……りりちゃん、俺は太陽が苦手だから、明日の18時半、屋上に迎えに行く。おまえの最期は俺がしっかり管理してやるから逃げるなよ」


あんなキスをしておいて、やけに死神らしいことを言う。

そのくせ離したくないとでもいうようにわたしに縋り付くこの美しい男のこと、わたしはどうしようもなく愛おしく思ってしまっている。


昨日と同じようにひどい睡魔が突然襲ってくる。夏川くんってわたしの睡眠まで操れるのかな。

死神だしあり得ることだ。



─────夏川くん。わたし、死ぬ前にきみに出会えてよかったな。

だって、こんな風に誰かのことを抱きしめたいと思ったのは生まれてはじめてだ。
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