劣情にmistake

予期せず名前を呼ばれ、心臓がドッと跳ねる。


今、イトウリリコって……。

そんなはずは。
聞き間違い?
ううん、でも確かに……。


「お前が死ななかったのは、俺がお前を足止めしたから──今お前が生きているのは、俺が生かしているから」


彼は、抑揚のない声でそう言い切った。

さっきから物騒でヘンな冗談ばっかり。


“いい加減にしてください。警察呼びますよ”

アブナイ人に絡まれたとき、マンガやドラマではそんなセリフがよく出てくるけど、実際に口にするにはとても勇気がいる。


それでも何か言おうと唇を開きかけたけど、結局、声になることはなかった。

彼の極めて冷静な表情にどきりとして。その一瞬、呼吸をすることさえ忘れてしまったから。



「十字路ではもう騒ぎが起こり始めてる。少し遠回りになるけど、手前の路地を通って家に帰ろう」


夜の静けさを閉じ込めたみたいな昏い瞳は不思議な魅力を放っていて、気を抜けば吸い込まれちゃいそう。
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