劣情にmistake
「夏川くん、わたし、夏川くんに出会えてよかった」
「へえ」
「……最期に一緒にいるのが、夏川くんでよかった」
「……」
ゆっくりと目の前で立ち止まった背の高い夏川くんがわたしを見下ろす。
そして無言で右手が伸びてきた。そのきれいな指先がわたしの喉元に触れる。
自分ではない誰かの掌がのどをなぞる。
ぞくりとして、同時に息苦しい。気持ち悪い。これが死に対する防衛反応なのかな。
「じゃあね、来世で会えたらおまえのことどこにも行かないように閉じ込めてやるよ」
じゃあね、なんて、別れの挨拶にしては軽すぎるでしょ。
そのまま夏川くんの右手が喉から頬へあがって、ぐっと引き寄せられた。
昨日と同じだ。
キスされる、そしてそのまま後ろに押されて、このまま屋上から突き落とされる。
そこまで想像して、ぎゅっと目をつぶった、その刹那。
「─────なんてね、」
え?
「りりちゃん、言ったろ、おまえのことは殺さないって」
なにそれ、どういうこと?
おそるおそる目を見開くと、可笑しそうにわらってわたしを見下ろす夏川くんの顔が至近距離にある。
わたし、ここで死ぬんじゃないの?
夏川くん、もしかしてわたしじゃない誰かを殺したの?