あなたは一体誰?
当時、美容室で働いていた私の店に客としてやってきたのが孝明との出会いだった。

孝明は毎回、店長を指名していたのだが、その日は店長が風邪で休んでしまったため、私がキャンセルの連絡をしていた。しかしその留守電に気づかず孝明が店にきてしまったので、私が代理で髪を切ったのだが、話が弾みやがて食事に行くようになった。

交際して一年後、エリートの孝明との結婚はもちろん反対されたが、私の両親が教師をしていたことと、私も孝明ほどではないが偏差値の高い私立高校を卒業していたため、なんとか結婚をゆるしてもらった。

最後は息子を溺愛している義母が孝明の初めてのワガママを聞いてあげたいと折れたのだ。

それほど、孝明は確かに私に対して優しく慈しむように愛してくれた。記念日には欠かさず薔薇の花束をプレゼントしてくれ、家事への労いの言葉もかけてくれていた。

「……もう三年ね……」

孝明が私に冷たくなったのは三年前の流産がキッカケだ。

念願の妊娠に孝明からすぐにでも美容室での仕事をやめるよう言われたが、私はつわりがなかったこともあり、大丈夫だからといって仕事を続けた。

そして雨の日、駅の階段で滑って転倒し流産してしまったのだ。そのとき医師からは今後の妊娠は難しいと言われ、私は激しく後悔した。

いつだって後悔はあとからやってくる。そんなわかりきったことを当時の私はわかっていなかった。母親になる自覚よりも好きな仕事を続けたい気持ちが優っていたから。

そのあと体外受精を幾度かチャレンジしたが結局妊娠することはなく、孝明は私を抱かなくなった。

会話もなくなり顔を合わせば互いの間に冷たい張り詰めたような空気が流れるようになり、心の距離は日々広がるばかり。

やがて孝明の外泊も増え、いつも誰かと連絡を取り合うようになり私とは目を合わさなくなった。

全部、私が招いた結果なのだ。

でもそのあと私なりに孝明に償いの気持ちも込めて誠心誠意、孝明に妻として尽くしてきた。

ただ──もう一度でいいから愛して欲しくて。

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