隣のキミに、恋しました。
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高校2年目の春。クラス替えで私、茅島 凜の隣の席になったのは……。
「おい、白澤! お前また寝てるのか? ちゃんと起きて授業を聞きなさい」
「ん……、はーい」
授業中はほとんど寝てばかりで、いつも先生に注意されている白澤琉貴くん。
「ふわぁ〜、眠ぅ」
たった今先生に注意されたばかりなのに、再び机に突っ伏す彼。ダメだな、この人。
「ねぇねぇ、茅島さん」
数学の授業が終わるとすぐ、私に話しかけてくる白澤くん。
「ごめん。さっきの数学のノート見せてくれない?」
「え!?」
白澤くんは寝ていて板書していなかったノートを見せて欲しいと、なぜか毎回私に頼んでくる。
「ねぇ、琉貴くん。あたしがノート見せてあげようか?」
「せっかくだけど、ごめん。俺、ノートは茅島さんに見せてもらうから」
彼に断られたクラスメイトの平田さんが、私のことをキツく睨みつけてくる。
な、なんで私が睨まれなくちゃいけないの?
白澤くんのせいじゃないかと、隣の席に目をやると、彼は胸の前で両手を合わせ可愛くおねだりしている。
そんなふうにされたら、見せるしかないよね。
「いいよ、はい」
「やったぁ。ありがとう」
渋々ノートを渡すと、キラキラした笑顔を見せる白澤くん。
素敵な笑顔を向けてくれるのは嬉しいけど、そもそもどうして私なんだろう。
白澤くんはふわふわの茶髪に、整った甘いルックスをしている。サッカー部員でスポーツも万能で、学年一モテるらしい。
反対に私はおとなしくて、校則は必ず守るような真面目だけが取り柄の平凡女子。
去年は白澤くんとはクラスも別々で、今年同じクラスになるまでは話したこともなかったのに。
放課後。私は、図書室へと向かって歩いていた。
図書室に着くと、さっそく委員の仕事を始める私。読書が好きという理由から、私は1年に引き続き2年でも図書委員になった。
返却された本を持って、私は書棚へと移動する。えっと、この本は……あそこか。
一番上の棚に本を置かなければならず、背の低い私は頑張って背伸びをするが。
「と、届かない」
簡単に届きそうもなかったけど、それでも諦めたくない私は、しばらくつま先立ちを続ける。
すると、体が後ろにグラッと傾いた。
「きゃっ」
咄嗟に声を上げたのと同時に、後ろから誰かに肩に手を添えられる。
「し、白澤くん……!」
振り返ると、サッカー部のユニフォーム姿の白澤くんが私の体を支えてくれていた。
「大丈夫? 茅島さん」
「う、うん」
白澤くんに顔を覗き込まれた私は、あまりの距離の近さに心臓が跳ねる。
「そう。キミが大丈夫なら良かった」
すると白澤くんは私の手から本を取り、一番上の棚に戻してくれた。
「あっ、ありがとう」
身長153cmの私と違い、高い棚に軽々と手が届く白澤くんを少し羨ましく感じる。
「届かないなら、俺に言ってくれれば良いのに」
「え。いや、でも……ていうか白澤くん、今は部活中でしょう? なんでここにいるの?」
図書室の窓の向こうの校庭からは、サッカー部員の声が聞こえてくる。
「俺は、ここに休憩しに来たんだよ」
そう言うと白澤くんは、図書室に設置されている長椅子にごろんと横になる。
「ねぇ、茅島さん。10分経ったら、俺のこと起こしてくれる?」
「え?」
「それじゃあ、おやすみ」
私が返事をするよりも先に、白澤くんはスースーと寝息をたて始める。
「白澤くん、寝るの早すぎ。もう、しょうがないなぁ」
呆れながらも、彼の子供みたいな寝顔に思わず笑顔になってしまった。
──そして、10分後。
「白澤くん、起きて。時間だよ」
「あれ、もう時間?」
私が耳元で声をかけると、目を開けた白澤くんと目が合いドキッとする。
「おはよう、茅島さん。起こしてくれてありがとう」
「い、いえ」
「茅島さんのお陰で、残りの部活も頑張れそうだよ。じゃあね」
図書室を出ると、白澤くんは校庭へと駆けて行った。
* * *
図書委員の仕事が終わり、私が校門へ向かって歩いていると校庭のほうが騒がしい。
もしかして白澤くん、まだ部活頑張ってるのかな。
いつもは気にとめることもないのに、なぜか気になった私は、放課後の校庭へと初めて足を運んでみることにした。
校庭に着くと、そこは女子で溢れ返っていた。
どうやらサッカー部の人たちが、試合をしているらしい。
「白澤くーん」
「琉貴くん頑張ってー」
白澤くんへの声援が、あちこちから飛び交う。
白澤くんは、どこだろう。
あ、いた!
私が白澤くんの姿を見つけたのと同時に、相手チームから白澤くんがボールを奪う。
ドリブルでボールを運び、白澤くんは1人、2人と次々と相手を抜き去っていく。
す、すごい。彼がサッカーする姿に、自然と見入ってしまう。
そして白澤くんが最後のディフェンスをかわすとゴールへと向かってボールを蹴り、見事シュートを決めた。
やった……! 心の中で、思わずガッツポーズする私。
白澤くんがサッカーをしているところは初めて見たけれど。
素人目でも分かるくらい、彼は他の部員よりも明らかに上手い。
そして何より、すごくかっこいい。
教室で寝てばかりいるときとはまるで別人みたいで、このとき彼に強く惹かれる自分がいた。
* * *
︎︎︎︎︎︎
それから私が放課後に図書室で委員の仕事をしていると、白澤くんが頻繁にやって来るようになった。
白澤くんはいつも休憩と言い長椅子で10分だけ眠り、そんな彼を私が起こすという日が続いた。
「茅島さん」
この日もいつものように図書室で白澤くんを起こした私は、彼に声をかけられた。
「はい。これ、あげる」
そう言って白澤くんが私にくれたのは、キャラメルの箱だった。
「いつもノートを見せてくれたり、俺のことを起こしてくれるお礼」
「あ、ありがとう」
やだな、お礼なんて別にいいのに。
白澤くんに優しく微笑まれ、私の胸がドキンと高鳴る。
「せっかくだし、キャラメルここで一緒に食べようよ」
ここで……。私はキョロキョロと図書室を見渡す。
「だ、だめだよ。図書室は飲食禁止だから。私は家で食べ……」
「ふはっ。茅島さんって、ほんと真面目だよね」
白澤くんは、私が持っている箱からキャラメルを一粒取り出すと。
「んむっ」
私の口の中へとキャラメルを入れた。
︎︎︎︎︎︎
少し強引にキャラメルを口に入れられた私は、それを食べるしかなくて。
「どう? 美味しい?」
白澤くんに聞かれた私は、コクコクと首を縦にふる。噛めば噛むほど甘くて美味しい。
「良かった。それじゃあ、もう一個あげる」
白澤くんがもう一度私に食べさせると、白澤くんもキャラメルをひとつ口に含む。
「キャラメル食べてる茅島さん、可愛いなぁ」
それを言うなら、白澤くんもだよ。って、何を考えてるんだろう私。
「ほんと美味いね。あ。ここでキャラメルを食べてることは、俺らだけの秘密ね」
唇に人差し指を当てる白澤くんに、またもや胸が甘い音をたてる。
最近白澤くんと一緒にいると、なぜかドキドキすることが増えた気がする。
何だろう、これは。こんなことは初めてだよ。
* *
それから月日が流れ……。
夏休みが近づいてきた、ある日のこと。
「ねぇ、ニュースだよ。白澤くん、好きな子いるんだって!」
……え?
教室に入るなり叫んだ女子の言葉に、クラス中の女子たちが悲鳴をあげる。
そう、なんだ。白澤くん、好きな子いるんだ。
初めて知る事実に、鋭い刃物で刺されたみたいに胸がひどく痛む。
ああ、なんだろう。胸が痛くて痛くて、泣きそうになる。
私は、今は誰もいない隣の白澤くんの席に目をやる。
白澤くんにだって、好きな子くらいいる。
そう思うのに私……なんでこんなにもショックなんだろう。
放課後。私が図書室で委員の仕事をしていると、白澤くんがやって来た。
「お疲れ、茅島さん」
白澤くんが声をかけてくれたので軽く会釈すると、私はすぐに彼から顔をそらす。
そして黙々と、返却本を書棚に戻す作業を続ける。
えっと、この本は……。うわ、棚の一番上だ。
私が背伸びをしながら腕を伸ばすのと同時に、後ろからもう1本腕が伸びてきた。
「こういうときは俺に言ってって、前に言ったでしょ?」
私の手から本を取ると、白澤くんはそれを書棚にしまってくれた。
そんな優しい彼を見て、胸が高鳴り出す。
この感じ、まただ。
「あ、ありがと」
私は白澤くんのほうを見るも、すぐに顔をそらしてしまう。
「茅島さん? なんでさっきから俺のことちゃんと見てくれないの?」
「別に、そんなつもりはっ」
私は、慌てて別の書棚へと移動する。
白澤くんのことを見ると、なぜか胸が苦しくなる。
今みたいに優しくされると嬉しくて、ドキドキして。彼の顔が頭の中にくっついて離れなくなる。
ああ、これはもしかしてきっと……。
好き、なんだ。
私、白澤くんに恋をしてしまったんだ。
生まれて初めての恋を。
今更この想いに気づいたって、もう遅いのに。
「ねぇ、茅島さん。なんで逃げるの」
白澤くんが早足で追いかけてきた。
「逃げてない」
私が行くあとを白澤くんが追いかけてきて、私たちは図書室で追いかけっこするハメになってしまう。
「逃げないでよ、凜ちゃん」
「……っ」
なんでこんなときに、下の名前で呼ぶの?
白澤くんに呼ばれたら、嬉しいって思ってしまうじゃない。
「つかまえた」
白澤くんが後ろからギュッと、私を抱きしめる。
「離して、白澤くん」
「ダメ、離さない」
白澤くんの私を抱きしめている手に、力がこもる。
「……なんで、こんなことするの?」
「え?」
「白澤くんには、好きな子がいるのに」
好きな子がいるなら、私にこんなことしないでよ。もう金輪際、話しかけないで欲しい。
これ以上好きになると、あとが辛いだけだから。
私の目からは、ポロポロと涙がこぼれる。
「あのさ、何か勘違いしてるのかもしれないけど。俺の好きな子っていうのは、凜ちゃんのことだよ?」
「へ?」
「俺はずっと、凜ちゃんのことが好き」
「うそ……」
白澤くんが私のことを好きだなんて。驚き過ぎて、涙も引っ込んでしまう。
「部活の休憩時間にいつもここに来てるのも、凜ちゃんに会いたいからだよ。ノートを借りるのも、話す口実が欲しくて」
「でも、どうして?」
どうして白澤くんは、私のことを?
「覚えてるかな? 去年の夏。学校帰りに財布を失くして探してた俺に、凜ちゃんが声をかけてくれたんだ。『探し物ですか? 私も手伝います』って」
そういえば、そんなことがあったかも。
「二人でいくら探してもなかなか見つからなくて。もういいよって言う俺に、凜ちゃんが『諦めたらそこで終わりだから。もう少し頑張ろう』って言ってくれて。それからしばらく暑い中を探してたら、財布が見つかったんだよね」
白澤くんが微笑む。
「それ以来、凜ちゃんのことが気になって。いつも真面目で、困ってる人がいたら放っておけない。そんな優しいキミのことを、気づいたら俺は好きになってた」
後ろから私を抱きしめていた白澤くんが手を離すと、私の目の前へと立つ。
「改めて。凜ちゃん、好きです。俺と付き合って下さい」
私の目からは、再び涙が溢れる。
「私も、白澤くんが……琉貴くんのことが好きです」
高校2年の夏休み前。
お互い想いを伝え合った私たち。
この日、隣の席の琉貴くんが私の初めての彼氏になりました。