嘘も愛して
「今日はありがとう。空周に会ってから私、楽しい♪」
「はぁ?煽ってんのか」
「なんでそうなるの……」
「俺はあんたにとって倒したい相手だろ?なんで敵意を向けない」
「え?いや、……敵っていうか……私は空周のこと、高め合ういい関係って思ってるよ」
真剣に考えてる間に彼は歩調を早めてしまう。
「……行くぞ」
「え、あ、ちょっと置いてかないでよー」
大きな背中を、私は必死に追いかけた。少しでも緩めてしまうともう、追いつけなくなってしまう気がして。
案外すぐ追いつき、私たちは並んで歩いた。そのまま会話をかわすことなく、歩みを進める。ずっと歩調を合わせてくれるのが分かり、ちらっと彼の横顔を見上げる。彼はすんっとした表情で遠くを見ていた。
「送ってくれるの?」
冗談交じりに言ってみた。だって、私の家に向かう道をずっと歩いてるから。こんな同じなわけがない。のに。
「通り道だ」
分かりやすい嘘を伝える。
「仁彩……相当人気者だなぁ。何人も付けてきてるぞ」
あ……。彼は変わらず真っ直ぐ遠くに視線をおき、意地の悪い笑みをたたえている。
「……」
私は何も言えなかった。気づいてはいたけど、気にしていなかった、一緒にいる空周に迷惑かけなければいいやくらいにしか留めていなかったことを後悔した。
「驚かないのか」
「いつものこと、なので」
声が私に向かってるのが分かる、けど彼の方を向くことが出来ない。
「あのクソザコ皇帝が関わってんだろ」
核心ばかりつかれて、私はいたたまれず、小走りで彼の前に躍り出た。
「……もうここまででいいよ、ありがとう、じゃっ」
目を伏せて敬礼のポーズを取った私は足早にその場を去ろうとした。が、
「おい、勝手に決めるな、来い」
手首を掴まれた。
「え、ちょ」
本日二回目再び……。
反射的に振り返ってしまった私は、ばちりと空周と目が合ってしまう。切れ長で綺麗な目を細めて、じっと見つめて、ぐいっと引っ張り出した。私たちは家までその状態だった。
「あの、空周……。帰り」
空周の言われるがままに玄関前まで来た私は、申し訳なさでいっぱいになっていた。けれど、
「あ?心配とかばかいらねぇ」
そんな後ろめたさを吹き飛ばしちゃうくらい、清々しくばっさり切られてしまう。ここまでくると笑えちゃう。
「……ありがとう」
ドアを締め切るまで、不安そうな困り眉を空周は目を細めながら見守っていた。
仁彩が鍵をかけた音を聞き、漸く空周は踵を返し、本来の帰路につこうとした。が、少し歩いて足を止めた。顔を上げ、天を仰ぐように嘲笑を込めた声を上げる。
「なぁ…てめぇら、あの女に入れ込みがあるみてぇだな?」
路地裏、電信柱の影からざっと五人の男が顔を出し、空周を囲む。空周は驚くこともなく、ニヤッと悪魔のような笑みで返す。そして、それ以上語ることなく、五人に殴りかかる。
――――。
荒々しかった夜道が、静まり返った頃、人影は一つだけになり、あとは道端に転がっていた。パンッパン、と汚れを払った手で一束だけ背中に伸びる髪を撫で払う。ふと、何かに気づいた空周は怪訝そうな声色をあげる。
「いるみ……てめぇ先に帰れって言ったよな?」
暗闇をにらみつける空周に、軽い口調が返ってくる。
「あはは……やっぱバレてましたか」
たれ目の目元が特徴的な少年が頭をかきながら現れる。
「すみません、皇帝流座の嫌な噂をきいて、念の為と思ったけど、さすが空周」
そう言いながら、すっ、と缶コーヒーを差し出す。空周はそれを無言で受け取り、いるみを視界に入れないままぼやく。
「なぁいるみ、俺は何もかもぶち壊して俺という存在を証明するためにここに来たけど、別に期待してなかったんだ」
「空周?」
ちらっといるみを横目で認め、愉快そうに口元を緩めた。
「楽しくなりそうだ」