嘘も愛して
その日の放課後、私はよく通っていた格闘部の部室に顔を出していた。
「あれ、保泉じゃん。お前もストレス発散しに来た感じか?」
そこには見知った先客がいた。音海さんだ。三年生の先輩で、兄貴肌の爽やかで気前のいい男前な人。彼の性分は好きだけど、あの人のそばに居るという理由だけで避けてしまっていた。だけど、もう違うんだ。前と同じように普通に接しよう。
「ちょっと体動かしたくて」
「お前意外とやるもんな」
言われながら、私はボクシングの装備をつけ、サウンドバックに向かって勢いよくパァンッ!と蹴りを入れる。
「ひゅ〜ぅ!相変わらずえぐい蹴りしてんな!」
既に汗をかいたいい男が口笛をふいて囃し立てる。音海さん、変わらないね
「音海さんは何でチーム抜けたの」
「ん?あぁ、下につくっていうのも簡単なことじゃないんだわ。保泉だって抜けただろ?」
「抜けた、ね」
「違うのか?」
淀みのない純粋な疑問に、私は一瞬たじろいでしまう。何も知らないんだ……。
「んー?音海さん、はっきり言ってよ。あの人が気に食わないから抜けたんでしょ?」
ちょっと意地の悪い聞き返しをした。ごめんね、遠回しなやり取りはお互い好きじゃないでしょ。私の悪い顔に、少し驚いた風な音海さんは、半秒遅れて、ぷっ!と吹き出した。