嘘も愛して
「噂ってさ」
「え」
少年は私にお構いなく、続けた。
「嘘が独り歩きしてるって感じで信じれないんだよねぇ」
彼は私に少しも視線をやることもせず、まるで独り言のように頬杖をついて言う。
「ねぇ、皇帝流座の筆頭裏切ったって本当?僕全然信じられねぇんだよねぇ」
ちら、そこで漸く流し目を送ってきた。噂がどう広まってるのか、重々分かっていたはずなのに、改めて面と向かって問われるとばつが悪いなんの。私は半ば反射的に視線をはずし、瞼を伏せる。
「そ、そうなんだ……。なんで信じられないの?」
「ん?だって」
見なくても分かる、彼はきょとんとして迷いのない純粋な無垢な声を返す。
「どう考えたって、つまんないっしょ。女が裏切って何の得があるん?こんな噂がたってる時点で、どう考えたって、陥れられてるの、あんたじゃんね?」
「っ……」
もう一度彼を見ると、横顔ではなく、正面から顔色が伺えた。眠たそうな目なのに、八重歯をチラつかせて口元はニヤついている。
「あーあ、皇帝流座はつまんなそうだし、クラスの人たちも平凡そのもの。ぜんっぜんわくわくしないよ」
あはは、とまた苦笑いが出てしまう。この高校にいる限り、どうしても避けれない存在、よりによって一番遠ざかりたい存在なのに、神さまは意地悪だ。
彼が私に話しかけてきたのは、何を求めてるのかは検討がつく。けど、それに応えることはできない。本当に、この高校に来る人たちは野心に満ちてる。己が喜ぶ方法を知っている。その欲望に貪欲で、分かりやすい。
その点、私はこの中で確実に浮いている。この高校の絶対的存在の皇帝を裏切った浮気女という不名誉がついた、冴えない一匹狼。
存在を認められてない現状――、ついこの前の出来事を思い出してしまう。
――俺に下れ
傲慢で人を見下す絶対自分史上主義の王様。彼みたいな人にとってこの環境は息がしやすいんだろうな……。
彼ならあの男を皇帝の座から引きづりおろせるに違いない。確信はないのに、直感でそう思わせてくる、あの自信満々の不敵な笑み。
でも、彼に託して私に何が残る?あの男に言われっぱなしで本当に前を向ける?
もうすぐ新学期初のホームルームが始まろうとするというのに、私の頭の中は数日前と違う思考を繰り広げていた。
隠れて高校生活をやり過ごす?あの男の好きにさせて私は笑っていられる?
――――ばっかみたい。
あの傲慢ふんぞり王様に感化されたのかもしれない。私の中でふつふつと奥底に閉まっていた野心が込み上げてくる。