ハイスペ上司の好きなひと
「藤宮係長、今少しよろしいですか」
「ん、なあに?」
藤宮と呼んだその女性は回転椅子に腰掛けたままこちらに体を向けてにこりと笑う。
幸せの象徴とも言えるだいぶ膨らみの目立つようになったお腹は、もう少しで彼女が休みに入ってしまう事を嫌でも突きつけてくるようだった。
「この請求書なんですけど、発注書と金額が合わなくて…」
「ああ、ここね。この会社はユーロじゃなくてドルで計算するんだよ。本社がアメリカだからその方が都合いいみたい」
「そうだったんですね。気が付かずすみません」
「いいよ。知らないと分からないことだもん」
古賀さんは優秀で助かってるよ、とさり気なくこちらのフォローもしてくれ、超絶忙しいはずなのにこの人の器の広さには感服しか無い。
「藤宮係長、休みに入るのは2ヶ月後でしたっけ…」
いなくなってしまうのが不安だと告げれば、藤宮は「大丈夫」と両手で拳を作った。
「私と入れ替わりで支社から戻ってくる人がいるから。すごく優秀で優しい人だから安心してね」
「あ…でも私、その方とはまだ面識が無くて」
メールでのやり取りで名前は知っているが、事務的なやり取りしかしておらず人物像が全く浮かばない。
藤宮が優しいというからにはそうなのだろうが、こう見えて前の会社のトラウマをそこそこ引きずっているので不安は否めない。