ハイスペ上司の好きなひと




「飛鳥さん、お水置いておきますね」


聞こえているかは謎だがそう声をかけた時だった。


「……わ、さ……」


ボソボソと飛鳥が何かを呟くので何だろうと思い口元に耳を寄せた。

それが、間違いだった。


「しらかわ、さん…」


はっきりと聞こえた誰かの名前。

途端に察してしまった。

飛鳥の発した"しらかわ"という人が彼の忘れられない人なのだと。

触れてはいけない何かに触れてしまった罪悪感に苛まれ、紫は勢いよく部屋を飛び出した。


この耳でハッキリと聞いてしまい、そのせいで感じた胸の痛みはもう誤魔化すことはできなかった。

まだ間に合う、まだ引き返せると思っていたそれがもうとっくに手遅れであった事を突きつけられた。


飛鳥に、恋をしてしまっている。


どうして好きになってしまったのだろう。

最初から分かっていた事なのに。

ズキズキと激しく痛む胸と喉の奥がツンとする感覚は、その後深夜になってようやく眠れるようになるまで収まることはなかった。



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