親分と子分のアイマイな関係
02
久しぶりに幼い頃の夢を見た。
夢っていうか、記憶?
あの日の夕焼けも、ひんやりとした冬の風も、何もかもがリアルだった。
あれは現実にあったことだ。
あたしと悠里の思い出。
肩上で揃えた髪にヘアアイロンをかけて、セーラー服に着替えて家を出た。
高校生活も一ヶ月が過ぎて、新しい環境に馴染んできた。
教室に入ろうとすると、聞こえてきたのはこんな声。
「ふざけんなテメェ!」
「なんだとコラァ!」
――あ、またやってる。
ここ、龍王高校は地域でも悪い方で有名校。
ヤンキーたちの登竜門として、血の気の多い生徒たちが通う。
一人の男子生徒が、もう一人の男子生徒の胸倉を掴み、にらみ合い。
こんなのは日常茶飯事である。
「やっちまえー!」
「ぶっ潰せ!」
はやしたてるギャラリーをするりとすり抜けて、あたしは自分の机にリュックをかけた。
それから、もみ合う二人、盛り上がる教室。
――あーあ、やってらんない。
あたしはそっと教室を出て、屋上へ向かった。
「悠里!」
フェンスにもたれ、ヘッドホンで音楽を聞きながら、ロリポップを舐める金髪の男の子。
あたしの幼馴染、悠里だ。
悠里はあたしに気付くと、ヘッドホンを外した。
「……おはよう、芽依」
「おはよ。今朝もまた教室でケンカやっててさ。ありゃ一限目自習だね。あたしこのまま、ここでサボる!」
「ケンカがなくてもそのつもりだったでしょ?」
「まあね!」
あたしは悠里の隣に並んだ。
小学生になったばかりの頃は、あたしの方が背が高かったのに、もう十五センチは引き離されてしまっている。
悠里はとても律儀だ。
あたしが絶望的に勉強ができなくて、龍王高校にしか受からなくて。
「芽依は親分で僕は子分だから」
そんな理由で、悠里までこの高校に入学してくれたのだ。
「そうだ! 悠里、今日ね、保育園の時の夢見たよ!」
「……へぇ?」
「親分と子分の約束した日の夢!」
「あれって何年前だっけ……十年前かぁ」
その頃は、周りの子より運動ができなくて、竹馬に乗れなかった悠里。
悔しかったのか、恥ずかしかったのか、一人でぽつんと泣いていたから、あたしが声をかけたのだ。
それから、約束したのが「親分と子分」になるということ。
あたしが悠里を引っ張って行って、なんでもできるようにしてあげる。
たまには親分らしく、ジュース買ってきて、なんて命令してみたりなんかして。
そんな日々が、高校生になるまで続くだなんて、当時は思いもしなかった。
「これからもちゃんと言うことは聞きますよ、親分」
そう言って悠里は、ポケットから新しいロリポップを取り出した。
子分からの貢ぎ物は美味しく頂くに限る。
ロリポップを受け取って、ぺりっと包み紙を外し、口に放り込んだ。
「あたしさー、悠里とこうしてる時が一番気楽でいいな。入学したばっかりの時は大変だったよ。久しぶりの女子の入学者だ! とかなんとかさぁ」
「そうだったね。あのまま【トップ】の告白受けたら、芽依は【クイーン】になれたのに……」
「そういうのやだやだ。あたしは悠里とのんびりしてるのが性に合ってる!」
龍王高校にはなんだかややこしいヒエラルキーが存在するみたいで、【トップ】と呼ばれる先輩に声をかけられたんだけど、あたしは丁重にお断りした。
噂によると【裏番長】も存在するらしいけど、そういうのとは一切関わりたくない。
今いる屋上は、悠里と見つけたオアシスだ。
ここには不思議と誰も立ち入らない。
悠里と二人、ロリポップを舐めながら。
暇で、退屈で、何の刺激もない――。
そんな「しあわせ」な日常をあたしは崩したくなかった。
「芽依、いつまでサボる? 二限は美術じゃなかったっけ」
「あ、二限は出る! 勉強以外は楽しいもんね」
「はいよ。はぁ……今日も天気いいねぇ」
「そうだねぇ」
見上げると、ひつじのようにモコモコした雲が、遠い空に浮かんでいた。
夢っていうか、記憶?
あの日の夕焼けも、ひんやりとした冬の風も、何もかもがリアルだった。
あれは現実にあったことだ。
あたしと悠里の思い出。
肩上で揃えた髪にヘアアイロンをかけて、セーラー服に着替えて家を出た。
高校生活も一ヶ月が過ぎて、新しい環境に馴染んできた。
教室に入ろうとすると、聞こえてきたのはこんな声。
「ふざけんなテメェ!」
「なんだとコラァ!」
――あ、またやってる。
ここ、龍王高校は地域でも悪い方で有名校。
ヤンキーたちの登竜門として、血の気の多い生徒たちが通う。
一人の男子生徒が、もう一人の男子生徒の胸倉を掴み、にらみ合い。
こんなのは日常茶飯事である。
「やっちまえー!」
「ぶっ潰せ!」
はやしたてるギャラリーをするりとすり抜けて、あたしは自分の机にリュックをかけた。
それから、もみ合う二人、盛り上がる教室。
――あーあ、やってらんない。
あたしはそっと教室を出て、屋上へ向かった。
「悠里!」
フェンスにもたれ、ヘッドホンで音楽を聞きながら、ロリポップを舐める金髪の男の子。
あたしの幼馴染、悠里だ。
悠里はあたしに気付くと、ヘッドホンを外した。
「……おはよう、芽依」
「おはよ。今朝もまた教室でケンカやっててさ。ありゃ一限目自習だね。あたしこのまま、ここでサボる!」
「ケンカがなくてもそのつもりだったでしょ?」
「まあね!」
あたしは悠里の隣に並んだ。
小学生になったばかりの頃は、あたしの方が背が高かったのに、もう十五センチは引き離されてしまっている。
悠里はとても律儀だ。
あたしが絶望的に勉強ができなくて、龍王高校にしか受からなくて。
「芽依は親分で僕は子分だから」
そんな理由で、悠里までこの高校に入学してくれたのだ。
「そうだ! 悠里、今日ね、保育園の時の夢見たよ!」
「……へぇ?」
「親分と子分の約束した日の夢!」
「あれって何年前だっけ……十年前かぁ」
その頃は、周りの子より運動ができなくて、竹馬に乗れなかった悠里。
悔しかったのか、恥ずかしかったのか、一人でぽつんと泣いていたから、あたしが声をかけたのだ。
それから、約束したのが「親分と子分」になるということ。
あたしが悠里を引っ張って行って、なんでもできるようにしてあげる。
たまには親分らしく、ジュース買ってきて、なんて命令してみたりなんかして。
そんな日々が、高校生になるまで続くだなんて、当時は思いもしなかった。
「これからもちゃんと言うことは聞きますよ、親分」
そう言って悠里は、ポケットから新しいロリポップを取り出した。
子分からの貢ぎ物は美味しく頂くに限る。
ロリポップを受け取って、ぺりっと包み紙を外し、口に放り込んだ。
「あたしさー、悠里とこうしてる時が一番気楽でいいな。入学したばっかりの時は大変だったよ。久しぶりの女子の入学者だ! とかなんとかさぁ」
「そうだったね。あのまま【トップ】の告白受けたら、芽依は【クイーン】になれたのに……」
「そういうのやだやだ。あたしは悠里とのんびりしてるのが性に合ってる!」
龍王高校にはなんだかややこしいヒエラルキーが存在するみたいで、【トップ】と呼ばれる先輩に声をかけられたんだけど、あたしは丁重にお断りした。
噂によると【裏番長】も存在するらしいけど、そういうのとは一切関わりたくない。
今いる屋上は、悠里と見つけたオアシスだ。
ここには不思議と誰も立ち入らない。
悠里と二人、ロリポップを舐めながら。
暇で、退屈で、何の刺激もない――。
そんな「しあわせ」な日常をあたしは崩したくなかった。
「芽依、いつまでサボる? 二限は美術じゃなかったっけ」
「あ、二限は出る! 勉強以外は楽しいもんね」
「はいよ。はぁ……今日も天気いいねぇ」
「そうだねぇ」
見上げると、ひつじのようにモコモコした雲が、遠い空に浮かんでいた。