親分と子分のアイマイな関係

04

 季節はゆるやかに流れていった。

 ほぼ全員が赤点を取った中間テスト。

 大盛り上がりの体育祭。

 なんだかよく知らないままに行われた【トップ】の入れ替え抗争。

 特に、夏休み明けは、【トップ】が変わったせいなのか荒れる男子生徒が多くて、悠里に売られるケンカも激しさを増していた。

 そして、悠里は百戦百勝。

 あの泣いていた小さな男の子が、こんな風に成長するだなんて、人間変わるものだ。

 文化祭の頃になると、誰が言い始めたのか、こんな噂がたつようになった。



「白鷺悠里を子分として従えている大堂(だいどう)芽依は実はめちゃくちゃ強い」



 あたし、一発も人を殴ったことないんですけど?

 まあ……そのおかげで雑魚は寄り付かなくなったし、よかったかな。

 そうして、二学期の終業式の日。クリスマス・イブだった。

 退屈な式典なんかには当然出るわけはなく、悠里といつも通り、屋上で過ごしていた。



「……冬休みだねぇ、悠里」

「うん」

「あたし、龍王高校でよかった! 宿題ないもん!」

「本当に芽依は勉強嫌いだね……」



 しんと静まり返った屋上。吹きすさぶ風が冷たい。保育園の屋上も、こんな感じだったなぁ……。

 隣で悠里が、ガリガリとロリポップを噛み砕く音がした。

 いつもは最後まで噛まずに舐めるのに、珍しいな、と思っていたら。



「芽依。今日はさ、真剣な話があるんだけど」

「ん? なぁに?」

「僕さ……もう子分でいたくない」

「えっ……」



 それは、あまりにも突然の通告だった。

 あたしは一瞬にして、この高校に入ってからのことを思い返した。

 立ちふさがるヤンキー共を次々と倒してくれた悠里。

 あたしは有難かったけど……悠里にとっては面倒だったのかもしれない。



「そ、そっかぁ。もうあたしたち、高校生だもんね。親分とか子分とか、そういうのは嫌だよね。ごめんね、気付かなくて」

「芽依が気付いてないのは、僕の本当の気持ち!」



 悠里はあたしの目の前に立つと、ぎゅっと両手を握ってきた。



「僕は、保育園の時からずっと、芽依のことが好きだったの! 子分じゃなくて、彼氏になりたいの!」

「……ふぇっ?」

「今までさ! 僕なりに、芽依に気持ち伝えたつもりだったよ? でもさー、芽依って全然気付かないじゃん! この鈍感!」

「待って待って全然わかんない」



 パッとあたしの手を話した悠里は、制服のポケットから小さな箱を取り出した。



「だから……僕の気持ち、形にした。これで、僕が芽依のこと本気で好きだってこと、わかってほしい」



 あたしは震える手で箱を受け取った。



「開けてもいい……?」

「うん」



 中身は、キラリと一粒の透明な石が光るネックレスだった。



「可愛い……!」

「や、安物だけどさ。小遣い、貯めた……」

「これが、悠里の気持ち……」



 手のひらにネックレスを乗せてみる。ほとんど重さは感じない。けれど、これは悠里があたしのために選んでくれた物。そう思うと、ずしりとくるものがあった。



「悠里、あたしは、あたしはね……!」



 親分として……ではない。一人の女の子として、真剣な想いを伝えてくれた男の子に、正面から向き合う必要がある。



「あたしは、悠里と高校生活を送れたら楽しくて、ずっとずっと一緒にいたいって思ってたのね?」

「……うん」

「でもまさか、悠里があたしのこと、そう想ってくれてるなんて、本当に気付いてなくて。なんか、今も混乱してて。ヤバいよね、鈍感でごめんね、もう、何言ったらいいのか、頭パンクしちゃって」

「いいよ。芽依がそういう女の子だって僕はわかってる。だからその、嫌なら、別にいいというか……」

「嫌じゃない!」



 冬空を突き抜けるくらい、大きな声が出た。



「あたし、勉強できないし、女の子らしくもないし、そんなんだけど、悠里の彼女にしてくれるなら……嬉しい……と思う」

「本当? 無理してない?」

「してない!」

「親分と子分から、彼氏と彼女になってくれる?」

「……うん!」



 悠里はあたしの手のひらからネックレスをつまむと、あたしの首にかけてくれた。



「……恋人の印」



 そう言ってはにかむ悠里の表情は、今まで見た中で一番の満面の笑みだった。悠里は続けた。



「本当は、ハグとかキスとかしたいけど」

「は、ハグ! キスぅ!」

「芽依の準備ができるまで待つ。僕、十年間待ったんだよ? あと少しくらい大丈夫。好きだよ、芽依」



 竹馬に乗れなかった男の子は、あたしの王子様になった。



【END】
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