乙女ゲームの世界でサポートキャラに恋をしたのでイケメン全員落とす話

01 なくしたものと深い穴

「時成さま、お食事の用意ができました」


指先を揃え頭を垂れてそう告げた女中に頷き、座っていた椅子から立ち上がる
案内されるまま歩く廊下の傍らに賑やかな街並みが見え、そこに血気盛んな住人たちが往来している

平穏ともとれるそんな光景を素直に受け取れないのは
今、私の頭がそれどころではない問題を抱えているからだろう


「尋ねても良いだろうか」


少し前を歩く女中に聞けば
人の好さそうな笑みを浮かべ「なんでしょうか」と頷いた


「金色に光る、丸いガラス玉を見なかったかな?」
「ガラス玉でございますか?見ておりませんが…なくされたのですか?」
「うん。いつのまにかなくなっていてね」
「まぁそれは大変でございますね…この旅館内でなくされたのでしょうか」
「それが困ったことに、どこでどうしてなくなったのかさっぱりでね」


他の者も見てないか聞いておきますね、と心配そうに眉を下げたその女中に御礼を告げれば、歩が止まり食事所に着いたらしい


大きくはないその部屋に一人分の膳がありいつものようにそこに座る
(今日は秋刀魚か)と手を合わせた後それに箸を伸ばした


この旅館に、この世界に来て早数年…
日々に暮らしに不満はなく、世界の理にもすっかり慣れた

ただ、自分の役目が果たせないことが唯一の懸念。


「はぁ‥‥‥」


大きなため息をひとつ吐き、どこでもない場所へ視線をやる


「一体どこになくしたのかな……」



ーーー



「あぁ、最悪だ…」


脇から離した体温計を見てげんなりとつぶやく
そこには平熱へと戻っている自分の体温が表示されていて

熱のため3日休んだ会社へと出社しなければいけない事実にもう痛みはないはずの頭が痛くなった


「いやだよ~…絶対課長に嫌味言われるよ~…」


社員から陰でイヤミとあだ名で呼ばれている課長から数時間後自分に言われるであろうことが容易に想像できる


「言われる。絶対会社の歯車がなんだと絶対言われる」


まぁ体調管理を怠って3日も休んでしまった事実と迷惑をかけたことには変わりはない
腹をくくって頭を下げようと刷り込まれた社畜精神でベッドから起き上がる


身支度をして誰にいうでもなく「行ってきます」とつぶやくとアパートのドアをあける


「ん?」


いつもだったらそこにあるはずのコンクリートむき出しの通路はなく
私の足が空を踏む

ひゅっと呼吸が止まるのと同時に逆らうことなどできないまま私の体が落ちていく
まるでマンホールに落ちたかのような狭い空洞のようなところをぐんぐんと落ちていて
掴まるものはないかとじたばたする手足はなにも触れることができない


(なにこれ!なにこれ!)


ビュゥウと自分の体がどんどん下へと落ちていく風の音と
ドクドクと恐怖に叫ぶ自分の心臓の音がうるさい

もがいても意味はなく
叫んでも声がかれるだけで

体感ではもうすでに数十分は下へと落ち続けている


(あー…もしかして、夢かな?)


あまりの非現実な現状にいよいよ脳が逃避しだした
だけど確かに夢だと片付けたほうが納得いく

結構な速さで落ち続けているのだ
今の日本にこんなにも長い穴はないだろうし
現実ならとっくに体を地面に打ち付けて死んでるはずだし
そもそもアパートの私の部屋の玄関前に突然こんな穴が出現しているのがおかしい話だし

本当の私はまだ熱に侵されていて悪夢を見ているのだろうと脳が答えを出しかけた時だった


ーポワ


目の前に金色の光が現れた


「は…?」


ふわふわと漂うそれは落ちていく私と並行しながら私の体の周りをふわふわと漂いだした

不規則な動きと淡い光に子供のころに見た蛍の光を連想させる

これは一体なんなのか…

不思議に思いながら観察しているとその光は私の顔の前で止まる
正確には下に落ちているので顔の前で並行していると言ったところだけど


「なによ、助けてくれるの?」


人の言葉なんて無機物らしいこれに通じるなんて思ってもないが
この暗闇の穴の中唯一現れた光にすがるようにつぶやいた

夢なら覚ましてほしいし
もしもこれが現実なのならもういいから終りにしてほしい

これからも生きるために働くのではなく
働くために生きるような人生なら
未練なんてないし希望も別にない
できることなら痛みはないまま終わりがいい


どちらでもいいからここから出して


そう願いながら顔の前で並行するその光に手を伸ばす

以外にもそれは形があったようで小さな丸いビー玉みたいだった

私が触れたその瞬間に金色の光が強くなったかと思えば
暗闇だったそこを覆いつくすように光が広がった


「な、なに…」


あまりの眩しさに目を閉じる
遠くで誰かの声がした気がした

誰だろう

呼ばれているような…

だんだんと消えていく意識の中
まるで眠りに落ちる前のような感覚


そういえば体、もう落ちてないな…


そう思ったのを最後に私の意識は途絶えた
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