乙女ゲームの世界でサポートキャラに恋をしたのでイケメン全員落とす話

02 キセルの煙のその奥で




ーーー


「--し、」


「--し、--もし」


(ン…?)


「-しもーし?聞こえているかな?」


沈んでいた意識が浮上して目を開ければ
そこには見知らぬ男が私を覗き込んでいた


「…だっ!誰!?」

ガバっと横になっていた体を起こしてその男から数歩後ずさる
なにこれどういう状況私どうしたの!?
キョロキョロと当たりを見渡せば見知らぬ部屋で
畳の匂いがする…どこかの和室?なんで?
いや、というかこの人だれ?

もしかして誘拐でもされたのだろうか、いやそんなまさかと思いつつも逃げれるようにと少しだけ体を出入り口らしき戸の方へ寄せる

警戒心丸出しのそんな私を目の前の男は観察でもするかのようにじっと見つめてきた


「…ふむ。君は誰かな?」


こっちのセリフだ。なんなんだこの男。
まるで時代劇みたいな着物を着ているし
男が座っている座椅子も隣にある座卓もなんだか時代を感じるし
手にはキセルのようなものも握られている

あんなのまだ日本にあるのかと一瞬物珍しさに感心してしまった自分の危機感のなさに頭を振る

無言のまま睨む私に男はもう一度「ふむ」と何かに納得する素振りを見せるとすっと立ち上がった

ビクッと私の体が跳ねた
震えだした体が恐怖を訴えているのに
近づいてくる男から逃げなくてはいけないのに
何故だか腰が抜けたように体が動かない
成すすべなくその場にペタンと座り込んでしまった私の前に男は止まると
視線を合わせるように屈み


「どうやら君はこの世界の人ではないんだね」


にっこりと胡散臭い笑みを浮かべてそう言った男の声に「…ハ?」と私の口から息が漏れる


「まぁ、私の部屋に突然光と共に現れた時からそうだとは思っていたけどね…君のその反応と装いで確信が持てたよ」


なにを言ってるんだこの男は…

意味がわからなすぎて募っていく恐怖心と焦燥感に歯の奥が震える
どうしようとにかく逃げなきゃ…!
会社に遅刻の報告もしないとだし、いやその前にこの変な夢から覚めないと…


気付けば目頭が熱くなっていて
混乱のせいで熱を帯びていた頬を涙が濡らしていく


「そうだね」と男が小さく呟いたと思えばその手が私の手を包んできた


「ひっ…は、離して…」
「まずは落ち着こうか。私は君に危害は加えないからね。」
「っ…い、家に帰らせてください。」


もしくは目覚めさせて。と訴えれば男は考え込むように視線を上へ仰ぐ


「そうだね。まず夢ではないと理解してみて」
「夢じゃ、ない?」


現実だってこと?そんなのありえない


「じゃあここはどこなんですか?」
「ここはエレムルスという国のマナカノという町。そしてこの部屋は私が宿泊している旅館の一室だね」


聞き覚えはないだろう?と私の手を離し座椅子に座り直した男に、私は呆然とする
日本ですらない?でも話す言葉は通じているし男の装いもこの部屋にあるものも昔の日本のような…
でも国名が違うし、タイムスリップした訳でもない…


「次に、君の世界はどこか聞こうか?私の記憶だと君の装いはスーツというものだと思うんだけど…その装いの世界は…えーと…」


思い出そうとしているのか眉間をつまんで考え出した男に眉を寄せる
私を騙しているようにも嘘をついているようも見えない
でも待って。だとしたら…


「さっきから世界がどうとかって…ここは私がいた世界とは違うんですか?」
「おや、今やっと理解したのかな?」


頭はよくないようだ。とギリギリ私に聞こえる声で呟いた目の前の男を殴りたい気持ちが
恐怖よりも勝ったらしい
気付けば奥歯の震えも涙も止まっていて
私の目はジトリと目の前の男を睨む


「ちょっと思い出せないんだけど、君のいた世界はどんなのかな?」
「どんなって…普通ですよ。世界というか私のいた日本ってところは平和だけど少子化とか、税金とか、汚職とか、小さな問題はたくさんあるような小さな島国で、私は小さなアパートで独り暮らししてて、小さな会社の小さな上司のイヤミにだんだんと息がしずらくなっていくような感じでー」


つらつらと止まらない口が話す内容がだんだんと聞かれた質問から離れていくのを自覚しながらも私の口は止まらない
男は黙って私の話を聞いていたけど
もはや会社と上司の愚痴しか発しない口を私は無理やり手で押さえこんだ

なにを初対面の人に愚痴ってるんだ私は…


「ごめんなさい。脱線しました」
「うん?まぁ思い出したよ。あの世界だね」


キセルに葉を詰めながら頷く男を見つめる


どこか飄々として胡散臭く、本当に信じてもいいの分からないけど…
私のいた世界がわかるということは帰る方法も知っているはず、だよね…


男はキセルを片手に持ちながら障子窓をスッと開けるとサッシに座ってフーっとキセルの煙を外に吐いた
煙草のような独特な匂いが鼻を掠める


「この世界はね、君に分かるように説明すると…『悪しき化け物から平和を取り戻すため戦うゲームの世界』…と言った感じかな」
「…はい?」
「舞台は君の世界でいうところの江戸時代が一番近いかな」


見てごらんと指差した窓の外には
確かに教科書や時代劇で見たような着物を着て往来する人々がいて私は愕然とする


「嘘でしょ…」
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