狐火
「何も残せずに死ぬのって辛いよね」
「え、どうしたの、突然」
私はヤコに目を向けた。
いつもみたいに笑っているのかと思ったけど、ヤコの顔からは笑みが消え、どこか怯えを含んだようにも見えた。
今日のヤコは、なんか表情が豊かだな。
それくらいにしか捉えていなかった私は、「いや、別に私が余命わずかとかそんな悲惨な話じゃなくて」と何の気なしに訂正した。
「ただ急にそう思っただけだよ。川の音聞いてたら、昔読んだ人魚姫の話思い出しちゃってさ、なんか……泡になって消えるのって、最悪だよね」
「ああ、なんだ。そういうことか。全く、香織は思い付きだけで喋るんだから」
ヤコはいつも通り笑ったが、何となく安堵したような声音だった気がする。
心配してくれてたのか。優しいなあ。
私の思考は相変わらず呑気だった。
「人魚姫って泡になったんだっけ?」
ヤコに尋ねられ、私は「そうだよ」と頷いた。
「映画とかでは最後は王子様と結ばれておしまいだけど、原作では最後失恋したまま、魔女との契約通りに泡になって消えるの」
「救われないね」
「救い……みたいなものはあったよ。人魚姫は魔女からもらったナイフで王子様の胸を刺したら、無事に人魚に戻れたの」
そこまで話したところで不意に、私はなんでこんな話してるんだろうと我に返った。
呆れてるかな、と思ってヤコに目をやると、ヤコは顎に手を添えて何かを考えていた。
しばらくして、ヤコは私の方を向き直った。
「もし香織だったら、どうする?」
「私だったら、って?」
「『自分のためなら好きな人を殺せるか』ってことだよ」
私は言葉に詰まった。
今までだったら、「刺す」と即答していた。
初めて『人魚姫』を読んだ時も、王子を刺せない姫のことが不思議でならなかったから。
でも、もしも相手がヤコだったら?
ヤコを殺せって言われたら、できるかな。無理かもしれない。
黙り込んだ私を見たヤコは、
「なってみなきゃ分かんないよね」と言い、丘を下り始めた。
「今日はもう帰ろうか」
「ちょっと、置いて行かないでよ」
その場の重めな雰囲気を払拭するように、私は大げさなくらい声を上げて笑った。
思えば、一番帰りが遅くなったのはこの日だったかもしれない。
「え、どうしたの、突然」
私はヤコに目を向けた。
いつもみたいに笑っているのかと思ったけど、ヤコの顔からは笑みが消え、どこか怯えを含んだようにも見えた。
今日のヤコは、なんか表情が豊かだな。
それくらいにしか捉えていなかった私は、「いや、別に私が余命わずかとかそんな悲惨な話じゃなくて」と何の気なしに訂正した。
「ただ急にそう思っただけだよ。川の音聞いてたら、昔読んだ人魚姫の話思い出しちゃってさ、なんか……泡になって消えるのって、最悪だよね」
「ああ、なんだ。そういうことか。全く、香織は思い付きだけで喋るんだから」
ヤコはいつも通り笑ったが、何となく安堵したような声音だった気がする。
心配してくれてたのか。優しいなあ。
私の思考は相変わらず呑気だった。
「人魚姫って泡になったんだっけ?」
ヤコに尋ねられ、私は「そうだよ」と頷いた。
「映画とかでは最後は王子様と結ばれておしまいだけど、原作では最後失恋したまま、魔女との契約通りに泡になって消えるの」
「救われないね」
「救い……みたいなものはあったよ。人魚姫は魔女からもらったナイフで王子様の胸を刺したら、無事に人魚に戻れたの」
そこまで話したところで不意に、私はなんでこんな話してるんだろうと我に返った。
呆れてるかな、と思ってヤコに目をやると、ヤコは顎に手を添えて何かを考えていた。
しばらくして、ヤコは私の方を向き直った。
「もし香織だったら、どうする?」
「私だったら、って?」
「『自分のためなら好きな人を殺せるか』ってことだよ」
私は言葉に詰まった。
今までだったら、「刺す」と即答していた。
初めて『人魚姫』を読んだ時も、王子を刺せない姫のことが不思議でならなかったから。
でも、もしも相手がヤコだったら?
ヤコを殺せって言われたら、できるかな。無理かもしれない。
黙り込んだ私を見たヤコは、
「なってみなきゃ分かんないよね」と言い、丘を下り始めた。
「今日はもう帰ろうか」
「ちょっと、置いて行かないでよ」
その場の重めな雰囲気を払拭するように、私は大げさなくらい声を上げて笑った。
思えば、一番帰りが遅くなったのはこの日だったかもしれない。