狐火
 その一言で、私はさらに深い混乱へと叩き落とされた。

 どういうこと? 名前聞いたら、『ヤコ』って言ってたじゃん。

 何、嘘ついてたの?


 そんな私の混乱をよそに、涼を助けたと思われる男の人がヤコ……涼に尋ねた。

「お前、今日誰と一緒にいたんだ? 一人か?」

 涼は青ざめた顔で答えた。

「……覚えてない」

「は?覚えてない?」

「今日の昼過ぎくらいから、自分が何してたか記憶が全くない」

 周りの人たちは困惑し、「記憶喪失じゃないか」などと口々に騒ぎ出した。

「……誰か今日、涼に会った人いませんか?」

 母親は困ったように頭を抱え、周囲に呼びかけた。

 私は迷わず手を上げた。

「私一緒にいました」

 その場が一瞬で静まりかえった。

 私と話していた女の子は、涼と私の顔を交互に見て戸惑っている。

「え……ほ、本当なの?」

 涼の母親の問いに私は頷き、

「昼過ぎから二人でお祭りを回って、ヤ……涼が川に飛び込むまで一緒にいました」

と断言した。

 その場は相変わらず時が止まったかのように静かなままだ。

「二重人格?」

 誰かが言った。それをきっかけとして、また周囲にざわめきが戻った。
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