狐火
それから一人、二人と見物人が離れていき、涼も母親に連れられて行く。
話をしてくれたお婆さんも「あんたも帰りな」と言って去っていった。
私も帰ろうとしたとき、川原に何か流れ着いているのが見えた。
拾い上げてみると、鞘に収まった果物ナイフだった。
あのとき、ヤコがポケットから投げ捨てたものはこれかだったのか。
本来であればヤコは、私をこのナイフで刺して……。
二、三年間何も食べていなければ、いくら妖怪と言えども耐えられるはずがないだろう。
『飢えを満たしたい』という欲求に、ヤコはどれだけ苦しんだだろう。
でも何故か、ヤコはたった数日一緒にいただけの私を生かすためにナイフを捨てた。
「……人魚姫、か」
私は一人呟き、ナイフを地面に置いた。
そして、川に背を向けて歩き出した。