仄かに香るメロウ
「ねぇ、藍先生。LINE交換しません?」
「あー、俺そうゆうことはしないんだ。ごめんね。」
陰の方でそんな会話が聞こえ、わたしは総合待合室の柱の陰に隠れた。
そんなわたしの横を通り過ぎようとする、白衣を靡かせ歩く後ろ姿に「藍先生。」と声を掛ける。
すると、驚いたように振り向く"藍先生"は、わたしだと分かると「瑠衣、来てたのか。」と表情を緩ませた。
「藍先生、モテモテだね〜。」
「先生はやめろよ。」
「そりゃあ、偽の結婚指輪も付けるはずだ。」
冗談で"藍先生"と呼んだ彼は、幼馴染の篠宮藍。
週に一度だけ、この大学病院に心療内科の当番医として来ている。
そして、あまりにも看護士さんたちから声が掛かるので、いちいち断るのが面倒だからと、結婚もしていないのに、左手薬指に指輪をつけているのだ。
「瑠衣も今日受診日だったんだな。どうだった?」
「うん、同じ薬出された。あとは、黒木先生とも話してきたんだけど、やっぱり黒木先生カッコいいよね〜!」
「黒木先生は妻子持ちだぞ。」
「分かってるよ。奥さんがお弁当届けに来てるの見たことあるから。」
わたしは全身性エリテマトーデスという難病指定されている病に罹患しており、月に一度この大学病院の膠原病科に通院しているのだ。
そして、たまに心療内科に受診することもあり、黒木先生は心療内科の先生だ。
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