私たち幸せに離婚しましょう――契約結婚のはずが、エリート脳外科医の溺愛が止まらない――
 美華の視線が沙月の服に注がれ、歪む彼女の眉に嫌な予感がした。

「お姉さんたら、お正月なのに着物じゃないの? うちではいつも着物だったのに」

 実家にいたとき、華子の言いつけで沙月も着物を着た。

 実母が遺した着物が一着だけある。由緒ある上質な着物で成人式にも、沙月はその着物を着て式典に出席した。

 正月にもその着物を着たけれど、いつだってすぐに脱ぐはめになった。

 忙しい父は朝のうちだけ一緒にお節料理を囲んだが、すぐ病院に出勤してしまう。

 家政婦は正月休み。料亭から届く豪華なお節料理の後片付けをするのは沙月である。実母が遺してくれた大切な着物を汚すわけにはいかないから、すぐに着替えた。

「やっぱり着物が嫌いなのね。日本の美なのに」

 小首を傾げて美華は唇を尖らせる。

 そうじゃない。美華はたくさん着物を持っているが、沙月は実母が遺した着物一着しか持っていない。結婚したのに、振袖を着るのもおかしいと思ったからだ。

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