私たち幸せに離婚しましょう――契約結婚のはずが、エリート脳外科医の溺愛が止まらない――
 神経と体力をすり減らし、脳神経外科医のみならず薄羽病院の経営に邁進した彼に、家庭に帰ってまで細やかに目を配る余裕はなかったはず。

 ましてや沙月の性格からして、なにも訴えなかったに違いない。

 悲しみに耐え、ただにこやかに父親の帰りを迎えただろう幼き日の沙月が浮かぶようで、主真は胸が締めつけられた。

(かわいそうに)

 うつむく主真の口もとから、深い溜め息が漏れる。

「ふぐ皮のポン酢だ」

 顔を上げると、仁がカウンターの内側から小鉢を差し出した。

「おお、いいな」

 ここは氷の月。

 九時過ぎまで病院にいて、夕食にありつけなかった。夕方四時ごろ緊急オペの前に、沙月が多めに作ってくれたおにぎりを食べたのが最後だ。

 カニの雑炊も出てきて、途端に食欲が沸いてきた。

 早速箸を伸ばしふぐ皮を口すると、正月の暴飲暴食で疲れた胃にさっぱりとした旨味が広がった。

「元気がないな。かわいい奥さんとうまくいっていないのか?」

「いや。かわいい奥さんとは順調だよ」

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