私たち幸せに離婚しましょう――契約結婚のはずが、エリート脳外科医の溺愛が止まらない――
「いってらっしゃい」
「いってきます」
玄関を出て、少しの間、沙月は主真の背中を見送る。
今日一日、彼が元気でいてくれるよう願うルーティーンだ。
これだけ見ればラブラブの新婚夫婦だろう。昨日は同じ階の老婦人に出会して『仲がよくていいわね』と微笑まれた。
沙月と主真はケンカもしない。
それは、ふたりの間に絶対的な距離があるからだが、かといって冷え切った仲でもない。本当の家族と比べれば、ささやかかもしれないが、温もりのある暮らしだと思う。
実家にいたときよりも何倍も楽しい。
(主真さんもそう思ってくれているといいな)
彼はオンオフがはっきりしているのか、家にいるときはリラックスしているようだ。
他を寄せ付けないような緊張感は感じない。
彼のわずかな表情の違いに気づいた頃から、沙月も構えていた心の鎧を少しずつ外している。
主真もいくらか心を開いてくれたのか、結婚十カ月目にして、ついに食事に誘われるまでになった。