私たち幸せに離婚しましょう――契約結婚のはずが、エリート脳外科医の溺愛が止まらない――
 守山は医療関係の専門書を手にしていた。いかにも真面目な彼らしい。

 それからいくらか話をして店内で別れた。

 書店を出て、ふと思い出した。大学生の頃だったか、沙月は父に聞かれたことがある。

『沙月、守山くんをどう思う?』

 あのときは、なにについて聞かれているのかわからず、沙月はただ首を傾げた。

 父は『いや、何でもない』と言葉を濁しそれきりになってしまったが、あれは結婚相手としてどう思うか?という意味だったのかもしれない。

 確かに彼は優しいし好きだけれど……。

 ふと、今朝見送った主真が脳裏をよぎり、胸がキュンと疼く。

 守山には感じない胸の高鳴り。
 好きとか、いい人だとか、そういう表現では追いつかない、この気持ち――。

 これは恋だ。

 しかも、初めての恋。

 終わりがわかっているのが悲しいけれど、結婚相手が初恋の人だなんて、それだけでとても幸せなんだろう。

(それだけで満足しなきゃ)

 自分に言い聞かせながらも、心に灯る小さな炎は消えそうもない。

 細くともゆらゆらと揺れる熱い想いを持て余しつつ、沙月は足下の自分の影に、ぽとりと溜め息を落とした。


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