春、君と恋に落ちる
案内をしていると「晴ちゃん」と声が聞こえてそちらに振り返る。


「…蒼くん」

「見に来てくれてたよね、ありがとう」


私の横に並びながら、先程目が合ったのは勘違いではなかったようでお礼を言われる。


「いえ、蒼くんの歌声とても良かったです」


実際周りの女子はみんな蒼くんの虜になってた気がする。

ここにいる間も蒼くんの噂話をたくさん聞いた。

あの顔の綺麗さにあの歌声だ。

好きにならないわけが無いよね。

心の中が少しモヤッとした。

何で…?


「…晴ちゃん?」


ボーっとしてしまった私に蒼くんが不思議そうに顔を覗き込んでくる。


「あ、いえ。何でも。」


そう呟いて平然を装うと「あの、椎名くんですよね!?」と先程のライブを見に来ていた子達が蒼くんに声をかける。


「会長、交代でーす!」


同級生の役員が交代に来てくれて、「お願いします」と言ってその場を離れる。

声を掛けられてるのも、蒼くんにとって良いことのはずなのに嫌だと思ってしまった。

今まで感じたことのない気持ちに胸が痛くなる。

蒼くんが急に遠く感じた。

本来、ああやって蒼くんの良さを知って好きになっていく人が増えていって当然だ。

でもみんなが怯えている間私は、ずっと蒼くんの近くに居て蒼くんの良さを知ってるのに。

簡単に掌を返して蒼くんに近寄れるなんてずるい。

もう私なんか必要無くなる。

そんな気持ちが胸を締め付けて苦しかった。
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