夏隣のヴァンパイア
夏隣のヴァンパイア
ピンク色のリボンの様な冷たい心地よい風が吹いて来て、リセは季節が春だと知った。
屋敷の庭には花々が咲き誇り、生き物の息づく季節を謳っている。
こういう季節の日に生まれたかった、とリセは思う。
リセが生まれたのは星々が輝く夏の夜で、それはそれとしてロマンチックだったが春とは全然関係がなかった。
「お邪魔します」
ソファに横になっていると来客が来た。
リビングの戸を開けて入って来たのは金髪の美青年で、青年は、神父の服装をしていた。
彼を見て、ソファのリセは訝しげに眉を顰めた。
「何のつもり?、ハル。」
「コスプレです。今しがた人間達をからかってきた所です。似合うでしょう?」
ハル、と呼ばれた青年はお茶目に笑ってみせると、白い上着を脱いだ。
「誘いませんでしたっけ?。あなたには天使の格好をさせる予定だった。きっとすっごく似合いますよ。」
「からかわないで。まったく。」
リセは起き上がると、ソファに座り直した。
「闇の生き物が光の職業の格好をして出歩くなんて、どうかしてる。」
リセが言った。
ハルとリセはヴァンパイアだった。
リセは血が嫌いだったが、ハルは積極的に血を飲んだ。
リセは血を好むハルを異常だと思っていたし、ハルは丁度その逆を思っていた。
リセはハルの姉貴分で、二人はいつも一緒に行動をした。
ハルはリセの事が大好きで、だがその片恋は実りそうにない。
ハルが言った。
「感心しませんよ。また血を飲んでいないんでしょう、顔色が悪くなってる。年上を気取るのは血をまともに飲める様になってからにしてくださいね。」
「私の勝手」
「だと思うでしょう。でも違うんだな。」
ハルはリセに指を突きつけた。
「僕はあなたのお守りです。」
ハルが言った。
「僕はあなたを叱ったり、なんなら平手打ちの一発でも食わせる権限がある。ナメないでくださいね。」
「そんな権限ない……」
「ありますよ。あなたのお母様とお父様に、無理矢理権利書かせましたもん。ちなみに公式です。ところで」
ハルは言葉を切った。
「なんで眠ってたんですか?具合でも悪いんじゃないんでしょうね?」
「いや……春ってなんか想像力膨らむからつい。」
「いい季節ですよね。すべての物が息づいていく。」
ハルは両手を広げた。
「春ってわくわくしません?風冷たくて。」
それから続けた。
「春咲いた花は冬に枯れる。そういう事を繰り返して、結局最期には全部僕らを置いてなくなるんですよね。そういうのって素敵だなあ。」
「なくなっちゃつまらないでしょう。」
「どうして?。僕ら二人を置いてなくなるんですよ。」
ハルはあっさりそう言うと、ダイニングのテーブルに腰掛けて、断りもなくティーカップに入っていたリセの分の紅茶を飲んだ。
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