奪われた命、守りたい心

1.プロローグ

夕暮れ時、薄暗い空の下、ひとりの女性が墓石の前に膝をついていた。短い髪が風に揺れ、目には決意の色が浮かんでいる。

「お父さん、私が絶対仇を討つから」

 春華の声は震えながらも強い意志に満ちていた。大学1年生の春華は、警察官だった父、大和を銃撃事件で失った。犯人を追跡する最中、背中を撃たれ命を落とした大和。その知らせは、春華の人生を一変させた。

 母を幼い頃に病気で失った春華にとって、大和は父であり、母であり、家族のすべてだった。警察官という厳しい職務を抱えながらも、娘を愛情深く育て上げた父。その温もりが、ある日突然消えた。

「私、ひとりになっちゃったよ……」

 墓石を見つめる春華の背後から足音が近づいてきた。大和の後輩であり、かつて彼の右腕でもあった颯真だ。
春華の決意を察した颯真は、低い声で語りかけた。

「春華さん。復讐なんかやめろ」

 春華は振り返らないまま、短く吐き捨てるように答える。

「うるさい。ほっといて」

 言葉の壁が、二人の間に深い溝を作る。









 銃声が響く。
 バンッ、バンッ、バンッ。

 どこか遠くで聞こえる悲鳴と、崩れ落ちる音。暗闇の中、何か重いものが倒れる気配がした。

「は、春華! 春華! おい、起きろよ、春華……!」

 叫び声とともに、胸にこみ上げる痛みが現実を引き戻す。誰かの手が揺さぶる中、春華の視界がぼやけていく。

 そこにあるのは、復讐の果てに何を得られるのかもわからない、不確かな未来だけだった。
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