不公平な世界で、僕は君と病院で
ぼーっと眺める空
長い長い、青空
大嫌いな先生が、黒板に書くチョークの音
全てが敵に見えて
何もかも
……投げだしたくなった
そんな日々が、思いが
何度もあった。


牧野(まきの)!聞いてるのか!?」
ぼーっとしてた矢先、先生の声が聞こえる。
何もかもがだるい。
「おい牧野!」
バンッと、先生が僕の苗字を呼びながら机を叩く音が聞こえる。

先生が僕の机を叩き響いた振動で、机に置いていた手がズキズキと痛む。

母も、友達も
全員
心では僕を、嫌ってる。

「いい加減その短すぎるショートヘアも、男と間違えられるぞ!?やめろ!病気があるからって髪型なんて関係ないだろ!」

……っ…なんで?
先生は、そこら辺に歩いてる短いショートヘアの人達全員にこんなことを言うの?
僕だけ
僕だけ
全部不公平だ……。

周りの声が嫌い。
話しかけたら作り笑い。
心の奥で何を思ってるかなんて知らない。
知れるわけない。
だから苦手。
人が苦手
大嫌い。

なんで母は僕を産んだの。
僕じゃなくて
お姉ちゃんが産まれればよかったのに。
……『流産。』
僕の双子のお姉ちゃんだけ、母のお腹で流産された。
見たことなんてない
見たくない

今日も事件が起こったニュースが朝のテレビで流れる。
中学生一年生の子が、通り魔にナイフで殺されたニュース。
まだ犯人は見つかってない……なんて。
警察は何をしてるんだよ。
ていうか
…………僕を殺せよ。
なんて


考えてしまう
僕の薬ってさ
いつまで飲むんだよ……。
日曜日、1週間に一度
気持ち悪い薬を。
毎日、体に悪い薬を。
2週間に一度、お腹に刺す注射を。
1ヶ月に一度、大きい病院の外来で採血、診察。
別に採血も注射も
そこまで痛いわけじゃない。
でもさ……っ
いつまで続くんだよって
どうしても考えちゃうんだよ……っ。

でも病院に行く度思うんだ。
僕よりも大変な子がいるって。
ずっと入院している子。
成功するか分からない手術中の子。
だから
精一杯
お姉ちゃんの分も
母に心配かけないためにも
生きる。

「牧野さん…教科書48ページ」
隣の子が、こっそりと教えてくれる。
その声で、ぼうっとしてた頭が現実に戻される。
「……ありがとう」
目が合う。すぐに目を逸らす。
目が合うのは苦手だ。何を思ってるのかすぐに考えてしまう。

「牧野。後で職員室来い」
先生の声が聞こえる。
ああ、また何か言われるの?
それとも……。
悪いことを考えてしまい、思考を中止した。


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


「ちょっといいか?」
「…はい」
また、今おきたことの母への口止めについて?
口止めなんて先生がわざわざ言わなくても、母は信じてくれるわけないのに。
「こっち来い」
……ああ…。
また、空き教室に行くの?


「本当に手は痛いのかよ!」
先生の叫ぶ声が、耳を通る。
……痛いに決まってるだろ……っ。
……っ、なんでよ。
なんで、僕なの?
ねえ……
なによ、この地獄。
いっそ
いっその事……っ
死んで地獄に行った方がマシじゃんか!!

「確かめさせてもらう」
先生は、僕の手を…………


思いっきり、捻った


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


……見慣れてる病院。
見慣れてる風景。
ああ僕、入院したんだな。
痛みでよく覚えていない。
痛いと思って、つい手首に目を移してしまった。
腫れが膨れ上がって、破裂してしまいそうなくらい痛い。

それでも僕は、病院で過ごす方が好きだ。
個室じゃないから同じ部屋に人は居る。
それでも、最低限人と関わるだけで、基本的に人と関わることなんてない。
視線を気にしなくったっていい。
母が来ることもない。
『おんなのこ』でも、一人称が僕だって誰も気にしない。
男子がするような髪型だって、誰も気にしない。
空気のような扱いで、むしろ助かる。

ぼーっとしていると昔の記憶が思い出されるのは、僕だけだろうか。
気づいたら、人生を振り返っていた。

……思えば、何も無い人生だったなぁ……。


物心ついたころから、一人称は『僕』だった。

牧野……いのり。
それが僕の名前……だ。
でも誰もが今では 『牧野』って僕のことを呼ぶ。
その度、クラスメイトとの距離を感じてしまう僕も嫌いだった。

くだらない日常を過ごしている中、小学五年生から急に手首が痛くなることが増えた。
最初はただの使いすぎかな、なんて適当に思っていたら、どんどん腫れていく手首。
流石におかしいなと思って病院に連れていかれ、あのときはまだ苦手だった採血をしたのを覚えている。

︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎関節リウマチ"︎︎
診断された病気は、ざっくり言うとこんな病気。本当はもうちょっと細かい。
僕の場合は免疫の異常で炎症がおきて、手首が腫れる病気。
免疫は、普通は悪い所を直してくれる体の細胞。
なんだけどこの病気の場合は、悪くもないところに攻撃して、炎症がおきてしまう病気……って僕は母から言われた。
本当なのか嘘なのか知らない。でも僕はそういう病気なんだなと流している。

病気で、休んだ学校生活。
一ヶ月に一回くらいのペースで行って、いつの間にかもうすぐ……中学生になるところだった。
安定して行けるようになった頃には六年生になり、先生もクラスメイトも変わっていた。
変わった先生が……今の先生。
病気で休んでる僕が気に入らなかったみたい。薬を飲んでいると時々痛くないときもあって、普通に暮らしている子に見えたからかなあ……。
分からないけど、気がついたときには空き教室に連れていかれ手首を捻られるの繰り返しだった。

変わったクラスに知ってる子なんてほとんど居ない。そもそも関わることなんて苦手だ。
だって……
女子の人間関係なんて、大嫌いなものだ。
陰口、嫌味、心の奥で思っている感情。
全部全部、分からない。
分からないからこそ怖い。嫌い。
顔に仮面貼り付けて、僕に話しかけてくるんだ。
顔に作った嘘の感情を無理やり貼り付けるなら、いっそ僕に話しかけなければいいのに。
嫌われ者。救ってくれる人なんていない。
……僕のメンタルが弱すぎるだけなんだろうな。
自分でも分かってる。
そんなことを思っていたら、嫌な記憶が鮮明に思い出された。

五年生の頃
学校に一ヶ月に一度行っていた頃。
『ああ、もう金曜日か』
帰りの準備をしていたときの独り言だった。別に何も思わず言った言葉だったし、誰にも届かないと思ってた。
でも……。
『いいなぁ……。』
席が斜めの子が、僕の独り言に反応した。
僕が独り言を大きく届くように言ったのが悪いはずなのに、なぜかものすごく僕が傷ついた。
いいなって……なんだよ。
僕は毎日手が痛いのに…それで学校も休んでるのに…って。
僕が全部悪い。なのに馬鹿みたいに傷ついた。
言葉の刃って怖い。心の傷が治らない。
いつまでもその言葉から頭が離れない。そんな自分も嫌い。

ああでも……。
と思って、記憶がまた一気に昔に戻る。

居たなぁ……僕を救ってくれた子。
今、どうしてるんだろう。

『そういうの、やめようよ』
彼の声が頭に鮮明にこだます。
僕のことを休んでいてずるいと陰口を言っている子がいたみたい。
……聞こえなかっただけマシだった。
そう言ってくれた瞬間、我慢してた蓋が溢れてくるような気持ちだった。
なんだろう。自分でも分からない。

彼の名前は知っていたけど関わったことなんてない。僕には程遠い存在。

……ユウマくん。
それが彼の名前。
でも……いつからだっけな。
彼は入院した。
1年間。1年間経っても、いつまで経っても帰ってこない。
詳しい情報なんて知らない。なんで入院しちゃったのか、どこに入院しているのか。
先生が話してくれる訳もない。
『大人の事情』
僕たちはそんな理由で全て流されてしまう。

クラスでは……もしかしたら亡くなってるんじゃないか、なんて言ってる子たちだっている。
……なんでそんなこと思うんだよ。ユウマくんが頑張って看病してる間に、そんなこと言ったらだめだろ……失礼だろ……っ。
そんなこと思ったって、言えるわけもない。僕の考えはちりのように消えていく。
言えない自分だって嫌いだ。大嫌い。

ユウマくんにお礼も言えてない。一度でいいから会いたい。


「牧野さん、失礼します」
看護師さんの声が聞こえる。一気に現実に戻された。
カーテンを開ける音。
全てが嫌いで、生きてることなんて意味がない。死んだって誰も悲しまない。母だって僕が居ない方が楽だ。
……何となく分かってた。誰にも必要とされていないこと。
でも……そんなの嫌だ。
なんて、小さい子のように駄々をこねる。
冗談だよ、冗談。
愛されたい、なんて……。
そう思って、思いを飲み込む。ここまま考えていると、泣いてしまいそうだった。


「体調はどうですか?」
「……手は痛いままです。」
何気ない会話。看護師さんが、何を思っているかなんて知らない。

「ついてきてください。腫れをひかせる薬を入れますので。」
ああきっと、手に薬を刺すんだろうな。
何回目だろうか。
先生に手首を捻られては、入院、退院の繰り返し。
僕はいつまで、こんなことをしてはならないのだろうか。
……そんなの考えても気分が落ち込むだけ。
それでも考えてしまう。

✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


いつの間にか夜だった。
薬を入れ終え、ぼーっと窓の外を見ている。
ここから飛び降りたら……なんて馬鹿なことを考えながら。
そろそろ寝よう、そう思っても寝れるわけない。
暗い中スマホをとっていじる。
母のおさがり。充電の消耗も早くて嫌になる。
だけどスマホがあるだけマシだ。
入院すると、どうしても不眠になってしまう。目は悪くなるばかり。

……ピコンッ
メッセージが来る音。
なんだよ…こんなときに。
『算数のテスト、あんた最悪だったからあとで見なさい』
……母からだった。
気分が悪いときに、なんなんだよ……

大人って矛盾してばっかり
母なんて僕が病気になったとき、勉強はするだけでいい、点数なんて気にしなくていいから。やることが大事。
………なんて言ってたのに。
今とは全然違うじゃん……

天井に手を伸ばす。
これは僕の癖。ぼーっとしてるときにする癖だ。

ああ、明日って日曜日だっけ。
薬、飲まなきゃな……。
気持ち悪くなる薬。大嫌いな薬。

「ゲホッ…っ……寝れねえ……てか寝れるわけねえじゃん電気ついてるし…」
隣の人のベッドから、咳と独り言が聞こえてくる。
みんな辛いんだ。分かってる。
分かってるけどさ……。
今日、手を捻られたことが頭に思い浮かぶ。
あんなの、あんまりだよ……。
学校に行く度、手を捻られるか教育委員会に訴えたりすることを禁じる言葉を言われる、脅される。

「っ……」
今までずっと我慢してた涙が溢れ出す。
夜って苦手。人と居るのが苦手なくせに、寂しい。
「ああ、やだなぁ……っ……何やってるんだろう…っ」
小声で独り言を呟く。誰にも届かない、空気に溶けていく独り言。
「生きるって何……?何で僕なんか産んだの……っ…?」
嗚咽を、声を抑える。
「先生は僕をなんであんな風にしたいの……っ…?なんで、ともだちは裏切るの……?なんでさ……こんなに病気と戦ってるのにいいなって……言うの?陰口をなんで言うの……っ…?」
人と目を合わせるのも、接するのも、全部全部苦手。
「母はさ……僕になんでに酷いことを沢山言うの…っ…?病気になったときだけじゃん、優しかったの……っ」
全部全部僕の気持ちを人に言いたい、だけど……
「言い返されるのが怖いんだよ…っ…!」
全部全部僕の気持ち。嘘なんてない。
比べられるし、除け者にされるし、僕を必要とする人なんか居ない。

「……そうだよね」

誰からか返事をされた。きっと空耳だ。
「俺も、そうだった。悪口なんか言われないし、虐待なんか受けてないけど、お見舞いに来る人達に頑張れって言われる度、辛かった。全部他人事だ。……それでさ、いつの間にかお見舞いにさえも来なくなったんだ。」
誰……?本当に、話してる……?
「俺の事、覚えてる奴なんかきっと誰も居ない。一年間、入院生活してきたからかな。誰にも必要とされてない方が、辛かった。母さんさえも、来なくなっていった」
「……ねえ、誰…?」
「さぁな。ま、隣に居るやつとだけ覚えとけ。」
僕よりも沢山入院してるのに、ずっとずっと僕よりも明るい声だった。
そして……なぜか懐かしさを覚えた。
「僕の声、聞こえてた……?」
「聞こえてた。」
「ごっごめん……」
「なんで謝るんだよ」
「だって……暗い気持ちにしたり起こしちゃったりしたかなって思って……」
目が合わないからかすんなり話せる。
「前から起きてたって。咳と俺の独り言、多分聞こえてただろ?君の気持ちが聞けてよかった。」
そう言って、苦笑する声が聞こえた。
「……っ…」
なんだろう、この気持ち。
さっきよりも涙が溢れてしまう。
「おい、ちょ…俺なんか言った?」
「ご、ごめん……っ…」
違う、君のせいじゃない。
そう思っても、涙の方が先に出てしまって言えない。

……ああ、僕…。
ずっと、誰かに聞いて欲しかったんだ。

「カーテン、開けれる?」
「ほっ他の人…起こしちゃうから…っ…それにこんな顔、見ないで…っ」

……バサッ
隣の子が、自分の部屋と僕の部屋のカーテンを開ける音がした。
(嫌だ、こんな顔、見ないで…っ…。)
そう思って、顔を俯く。
「っは?」
そんなに酷い顔、してた……?
「お前…」
目を開けるのも次の言葉を聞くのも怖い。
「……まき、の……?」
「っえ?」
自分の名前を呼ばれて驚いた衝動で、目を開いてしまう。

「っ……!?」

「お前、やっぱ……牧野…だよ…な…?」

「ユウ……マく…ん?」
目の前で僕の目を見つめている人は、間違いなく会ったことのある恩人、ユウマくん、だった。
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