恋におちたら

 私は汚肌だ。もう25歳だからニキビではなく吹き出物と言うのかな。その吹き出物が中学生になった頃からずっと治らない。そしてそばかすにも悩んでいる。

 中学二年生の時に、

「肌汚ぇ! ブス!」

 と男子に言われたことがあり、それから自分の顔が大嫌いになって、マスクをつけるようになった。

 そして、この年までずっとマスクを欠かさないでいる。視力も悪いので眼鏡もかけているため、私の素顔を知る人はほとんどいない、と思う。

 職場で素顔を晒さなくてはならない昼食の時間は、お弁当を持参して外で食べている。
 一緒に食べている、同期の三原沙和、さわちゃんだけが私の食べている時の顔を知っている。



「ええっと、そこのマスクの人、これ伝票頼むね」

 そんな私は、野副花という名前があるのだけれど、大抵はこうやって「マスクの人」と呼ばれてしまう。マスクのインパクトが強すぎて、名前を覚えてもらえないみたいだ。

「ほんっと失礼な人。花、気にすることないよ!」

 さわちゃんは自分のことのように怒ってくれる。そんなさわちゃんの存在をありがたいなと思いながら、

「大丈夫」

 と私は返事した。


 ちゃんと私を理解してくれる友達がいて、それなりにいい会社に奇跡的に就職もできて、私は何不自由なく生活している。
 でも、やっぱり自分の素顔は好きになれないし、こんな私に恋愛が出来るとは思えない。それが寂しい。

 さわちゃんには同期の営業部に村上君という彼氏がいて、時にはのろけ、時には愚痴り、と毎日大変そうだけれど幸せそうなのだ。

 「マスクの人」と呼ばれるのには慣れてるし、私の毎日はある意味平和で、変化のないものだった。



 そんな私に恋の神様が悪戯をした。


 書類の入った段ボールを抱えていると、急にその段ボールがなくなって私は呆然とした。

「大丈夫? 女子には重いよね」

 私の隣には段ボールを抱えて爽やかに笑う男性がいた。

 確か、村上君の先輩の、日高さん? だったかな。

 私は日高さんのその笑顔に心を撃ち抜かれた。

 なんて素敵に笑う人なんだろう。そして男性なのになんて綺麗な肌なんだろう。

 思わず足を止めてしまった私に、日高さんが振り返った。

「どうしたの?」
「いえ、大丈夫です」

 慌てて日高さんの隣に並んで歩く。

「手伝って頂き、ありがとうございます」
「こんなことお礼を言われるまでもないよ。力仕事ならいつでも手伝うよ」

 優しい人だなあ! 

「それにしても、野副さんはいつもマスクしてるけど、風邪を引きやすい体質なのかな? 大丈夫?」

 日高さんの言葉にどきりとした。日高さんは本当に心配して言ってくれてるのが分かる。でも。

「えっと、そういう訳ではないのですが……」

 私は本当の理由が言えなくて黙ってしまった。

「そう? 身体が弱い訳じゃないならいいんだ。
はい。これここに置けばいいかな?」
「あ、はい。ありがとうございました!」

 私が深々と頭を下げると、日高さんは、

「お仕事頑張ってね」

 とまた魅力的な笑顔になって営業部の席の方へ歩いていった。

 はあ。

 私はうっとりと息を吐いた。

 なんて素敵な人なんだろう。

 毎日マスクをして顔も見えない私に、あんなに自然に手伝ってくれて話しかけてくれる男性は初めてだった。 
 しかもちゃんと私の名前も覚えてくれていた。

 なんだろう。なんか胸のあたりがドキドキする。

 もしかして。私。恋しちゃった?



 私は帰宅して早々、鏡に映る自分の顔をまじまじと見つめていた。

 顔の作り自体は普通だと思う。でも、やっぱり肌がこんなんだと日高さんだってひいてしまうよね。

 私はぱたんと手鏡を伏せて、溜息をついた。

 私、また諦めるのかな。

 マスクをつけるようになってからも、好きな人ができたことはあった。
 でも、いつもあの男子に言われた言葉を思い出して、結局諦めた。

 肌が綺麗だったら、もっと積極的になれたのかな。なれるのかな。

 私はもう一度小さく溜息をついて、浴室へ向かった。

 メイクを落として洗顔をする。そして、化粧水、乳液を付ける。

 一般的な肌のお手入れはしているはずなのに、なぜ私の肌は一向に綺麗にならないんだろう。

 やっぱりまた諦める?

 日高さんの爽やかな笑顔が脳裏に浮かんだ。

 マスクで隠せない部分にもニキビはあるから、それを隠すために結構メイクを厚塗りしている。そのせいか、午後になったらメイクが崩れることも多い。
 日高さんが声かけてくれた時、私、大丈夫だったかな。多分肌が汚いのは分かったと思う。

 でも、日高さんの対応は本当に自然で、私の見た目は全く気にしていないようだった。

 あんな人、いるんだな。

 優しくて、爽やかで、見た目で判断しなくて、気遣いもできる人。

 私、諦めたくないな。

 あんなに素敵な人だから、彼女さんがいるかもしれない。
 でも、いないかもしれない。それなのに最初から諦めるなんて、やっぱり嫌だ。

「私、肌を綺麗にしたい。そして、日高さんに対しても積極的になりたい」

 声に出して言うと、自分の心を再認識できて、私は握りこぶしを作って気合を入れた。

 さわちゃんにLINEを入れる。

『私、好きな人できた。この肌のせいで諦めたくない。さわちゃんは肌を綺麗に保つために何かしているの?』

 すぐに既読になって、音が鳴った。

『花、好きな人できたんだ! 誰か気になる~! そっか、肌、どうにかしたいんだね。私は昔から肌が強くて、悩んだことないからよく分からないんだよね。でも、化粧品とかについては『キラキラコスメネット』ってサイトをよく活用するよ! コスメの情報だけでなくて、質問できるコーナーもあるから、そこで質問してみたらどうかな?』

 キラキラコスメネット……。そういえば自己流で治そうとばかりして、そういうの利用したことないな。

『ありがとう! 早速調べてみる! 私、頑張る!』

 パソコンを立ち上げて、キラキラコスメネットと入力するとすぐにサイトが見つかった。
 新作の化粧品の情報や、化粧品の口コミがあふれている。コスメの情報も気になるけれど、さわちゃんの言っていた質問コーナーを探す。すると、色んな悩みを持つ女子たちが質問をしているコーナーがあった。

 私は勇気を振り絞って書き込むことにした。

『私は現在25歳ですが、中学生のころからニキビが酷く、そばかすもあっていつもマスクが手放せないほど肌が汚いです。でも、好きな人ができて、この肌を綺麗にしたいと思って書き込んでいます。同じようにニキビで悩んでいて克服した方やお詳しい方、どうか肌を綺麗にする情報を教えてください。
ハンドルネーム おはな』

 そして、恥ずかしいけれど、自分の頬の肌の写真を添付した。

 さすがにすぐに回答は来ないよね、と思って次の日まで待つことにした。

 コンビニで買ってきた夕食を食べてから、パソコンの電源を落として、ベッドに入る。日高さんのことと、キラキラコスメネットのことを交互に考えているうちにいつのまにか眠ってしまった。


 朝、目が覚めてすぐにパソコンを立ち上げて、キラキラコスメネットにログインした。どきどきしながら質問コーナーに返事が来ていないか見てみる。すると。

「返事が来てる……」

 一女子の平凡な悩みに回答がつくか、正直期待していなかっただけに、嬉しさに胸が熱くなった。

『おはなさんへ

にきびが酷いようで、お辛いですね。
アドバイスになればと思い、書き込みさせて頂きます。

マスクなのですが、肌に触れて刺激になっている可能性もあるので、おやめになった方がいいかもしれません。

お化粧はどうされていますか? 
肌に優しいものを選んだ方がいいと思います。
それから、なるべくお化粧は薄めにして、肌の負担を減らした方がいいと思います。

ご帰宅された後はちゃんとメイクは落とされていますか? しっかり落とせていないとそれがまたニキビの原因になります。クレンジングと洗顔はしっかりされてくださいね。

お肌が少しでも改善されますように。

ハンドルネーム ユウ』






 

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