許婚はヤンデレ御曹司でした。

第一話 完璧な王子様

『詩織。僕のお嫁さんになってください』
 自宅のだだ広い庭で、親に決められた許婚の財前伊織は私にプロポーズをした。
 それは10歳の時の出来事だった。

『嫌でも結婚するよ。だから、そんなこと言わなくていいよ』
 生意気な私の返しにも、彼は笑顔を絶やさなかった。

『僕は親が決めたから、家が決めたから君と結婚するわけじゃない。僕が君を愛しているから、結婚したいんだ。だから、君に伝えたかっただけだよ』
 寂しそうに笑う彼に私は初めて悪いことをしたような気がして、何も言えなかった。

 財前グループの御曹司である伊織くんは昔から笑顔を絶やさなかった。優秀で賢く、親に反抗する姿なんて見たことがなかった。
 さらに彼は容姿端麗で、政財界のお嬢様方は彼へ熱視線を送っている。

 アイドルに憧れるみたいなもので、それはなんらおかしなことではない。
 彼女たちの熱視線が隣に立つ私への嫉妬へ変わり、悪口を言われてしまうことはよくある。

 大体は私の家柄や生まれ、血筋を聞くと面と向かっては言って来なくなる。
 日本を代表する大企業の霧生グループの令嬢に生まれた。
 会長の孫娘であり、会長の長男坊の娘だ。父親はいくつも会社を経営し、役員も兼任している。未来の会長候補筆頭だ。
 それに加え、財前グループの令息と婚約を結んでいる。

 誰もが憧れる財前伊織の隣に立つ私がうらやましくも憎らしくも思われている。それは仕方がないことで、これからもそれは変わらないだろう。

 伊織くんみたいに私は文武両道でもなく秀でたものがない。容姿も平凡な私が彼の隣に果たして立っていていいのだろうかと思う時がある。
 彼は小さい頃から優秀で、私は家柄がなければ彼と交わることすらなかっただろうと思う。

 今日も私はお嬢様という皮を被って、車から降りる。
「いってらっしゃいませ」
 執事に車の扉を開けられて、私は地面に足を付く。

 洋風の門構えは映え、綺麗なレンガ造りの道が校舎まで続いている。学校全体が西洋風の作りで、ここが子息子女が通う名門校だとすぐにわかる。

 周りから歓声のような声が聞こえて来る。でも、それは私へのものではない。
 数メートル先を歩く伊織くんと幼馴染の一条真一郎くんが見えた。仲良さげに登校している彼らに向けられたものだ。
 私はその間に決して割って入ることはできない。

「詩織様。ごきげんよう」
「三村さん、伊川さん、ごきげんよう」
 令嬢の挨拶を取り巻きへ向けると、彼女たちに淑女の微笑みを向けられる。

 初等部時代から私の隣をキープし、その他取り巻きたちを取り仕切っている。
 彼女たちは本当の友人とは言えず、いわば家柄での繋がりでしかないと思っている。だから、私は生まれてから本当の友人がいたことがないと思っている。

 いや、男女を抜きにして考えれば伊織くんと真くんは数少ない友達に含まれるのだろう。
 だが、できれば目立つことは避けたい私は彼らに声をかけずに取り巻きたちの彼女たちと一緒に校内を歩く。

「霧生さんって、嫌よねぇ……家柄だけで踏ん反り返っていて」
「本当にそうねぇ……伊織様も、家柄がなければあんな地味な女と婚約していないでしょうに」

 聞こえてくる陰口に一々、取り巻き筆頭の三村さんと伊川さんは目くじらを立てる。

「あなた方。その言葉は、霧生グループへの宣戦布告と受け取ってもよろしいのかしら?」
「いえ……」
「なら、口を慎むことね。わざわざ詩織様は口に出されないけれど、もし彼女の反感を買えば、霧生グループだけでなく、霧生グループ傘下やその関係グループが敵に回ることを覚えていなさい」

 まるで悪役令嬢みたいなことをいう三村さんに私は若干引き気味だが、何も口を出さない。
 彼女たちに任せていれば、私へ直接手を出してくる生徒はいない。いわば、牽制の意味があるのだ。
 平穏な学園生活を送るためにはこういう強気な言葉を言ってくれる人は必要不可欠だと思う。

「三村さん。その辺にしておいてね。教室へ向かいましょう」
「はい! 詩織様」
 私は何人もの取り巻きを従えて、校舎へ向かう。

 周りから視線を集めるが、この学校では普通なので私は慣れている。
 幼少期から大財閥の令嬢として、たくさんの人間から注目される立場にあった。自由なんてほとんどない生活をしてきた。
 学校でも家でも、ほとんど自由のない生活ばかりだ。たまに息が詰まりそうになる。

 教室へ入ると、私を見つけるとすぐに伊織くんが駆け寄って来る。
 それと同時に取り巻きたちは空気を読んで、距離を取る。

「伊織くん。おはよう」
「おはよう。今日はいつもより教室に来るのが遅かったね。何かあった?」
「別に、何でもないよ。それに何かあっても、三村さんたちが対応してくれるから」
「彼女たちも完全に信用しきれるわけじゃないだろう。それに女の子たちだけじゃ、男子相手だと太刀打ちできないこともある。できれば、僕と一緒にいる方がいいと思うんだけどな」

 伊織くんは私の手を自然に絡ませ、自分の胸に触れさせた。
 こんなイケメンでしか許されない行動を平然とできてしまう彼には感服だ。
 もし、普通の男子がしようものなら非難を浴びることだろう。

「あ、ありがとう。でも、自分の身ぐらいは自分の身で守らないと」
「詩織は女の子だし、僕の婚約者だ。それに色々な人間から狙われる立場でもあるよ。自分の身を自分だけで守り切るのは難しいんじゃないかな」
「そうだね。でも、できることはしたいかな」
「詩織を尊重するよ。そのために僕がいるからね」

 完璧な王子様スマイルを浮かべた伊織くんに教室中の女子がうっとりしていた。私は顔を引きつらせることしかできなかった。
 彼の言葉はいつも甘くて優しい。

 もっとわがままな性格だったら、彼にあれこれ命令してわがまま放題になっていたに違いない。
 女子の力では、男子には勝てないことぐらいわかっている。運動神経もよくなく、インドアな私が自分の身を守ることなんてできない。

 目立つことでこれ以上注目を浴びて敵も作りたくない。
 それは常日頃から彼に言っている。どうも彼は聞こえていないのか、毎回一緒に居ようと言われる。
 男女問わず好かれる彼の隣を独占していたら、もっと嫉妬を買ってしまいそうだ。
 私はこのままでいたい。
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