元捨て犬の私が暴君の愛され妻になりました。
「カブトムシという虫なんですね。汚くはないのですか?」
「虫の王様です。アレクと同じですよ!」
「あ、兄上と⋯⋯それは失礼致しました。」
俺はよくわからない虫と同格にされてしまった。
それでも、全然嫌じゃないのはモモがその虫を尊重しているからだ。
モモは不思議な女だ。
花や子供の前では、本当に屈託ない笑顔を見せる。
俺は花の名前を全く知ろうとしたことがなかったが、モモはとても詳しかった。
カイザーに花について説明している姿は、まるで子に新しい世界を見せたい母のようだった。
(子供か⋯⋯モニカは本当にもう子供を持てないのか?)
俺はモモがもう逃げようとしていないと信用していた。
約束をしても守らないのは俺の方だった。
今までの彼女の行動を見ると、俺の方がずっと約束も守らず彼女を振り回して来たのだと反省した。
自分の行動を省みることなど、モモと出会わなければ一生なかったことだ。
俺はとにかくモモと一緒にいたくて、彼女の部屋に行った。
とにかく、彼女の髪がビショビショで床が水浸しで驚いた。
政治能力に長け、洞察力に優れ、少しの情報から真実に辿り着く優秀な彼女は、生活能力はなかったらしい。
彼女は王女として育てられて、メイドに何から何までやってもらうのが普通だったから仕方がないのかもしれない。
濡れた髪について指摘すると、首を振って水滴を飛ばす彼女に衝撃を受けた。
根っからの王女かと思えば、野生的な犬のような姿を見せてくる。
タオルで彼女の髪の水滴を吸ってやっていると、透けたネグリジェからナイフの切り傷が見えた。
もう少しずれていたら、心臓に刺さっているような位置だ。
このナイフは彼女がマルテキーズ王国から連れてきた騎士により投げられたものだ。
明らかにナイフは俺に向かって投げられていて、彼女は自分を盾にして俺を庇った。
(彼女は命がけで俺を助けてたんだ⋯⋯)
どうして、このような事実に今更気がつくのだろう。
俺は自分の命が誰より貴重なものだと知っていて、他人が自分の命を盾に俺を守るのは当たり前だといつの間にか思っていた。
敵国の王女とも言えたモモが俺の命を守ったのは、絶対に当たり前の行動ではない。