元捨て犬の私が暴君の愛され妻になりました。
黒髪に黒い瞳をしたカイザー皇子を見た時、脳裏にルイの姿が蘇った。
私はカイザー皇子にお祝いの言葉を告げてから、会場を後にしようと彼に近づいた。
「美しい姫君、どうかダンスのお相手をお願いできますか?」
突然目の前に見知らぬ、同じ歳くらいの貴族の男性が現れてダンスを申し込まれる。
また、新しい音楽が始まり、私は慌てて彼の差し出した手に手を重ねた。
(皇帝陛下の挨拶とか、今日の主役のカイザー皇子の挨拶じゃなくて、またダンスなの?)
ダンスの誘いを断るのは失礼に値する。
それは万国共通の認識のはずなので、私はふらつきながらもステップを踏んだ。
「本当に噂以上のお美しさですね。この会場に皇妃殿下が現れた時から、もう釘付けでした」
「ありがとうございます」
私は取り敢えずお礼を言いながらも、心の中では名前を名乗って欲しいと願っていた。
やはり、肖像画で招待客を確認してから、舞踏会に出席するべきだった。
彼らは私を知っているかもしれないが、私は誰が誰だか分からない。
マルキテーズ王国とバラルデール帝国は遠いので交流もなく、マルキテーズ王国に帝国の人間が訪れたことは記憶にある限りない。
(顔見知りがいない舞踏会なんて初めてだわ)
その状況に少しワクワクするも、脳が正常ではない状態で失態を犯したら致命的なので早いところ立ち去った方が良いだろう。
「大変光栄な時間でした」
「ありがとうございます」
何だか、本調子でないせいか語彙が異常に減っている気がする。
私は再びカイザー皇子に近づこうとすると、また見知らぬ貴族の男が道を塞いだ。