元捨て犬の私が暴君の愛され妻になりました。
アレキサンダー皇帝はゆっくりとソファーに座った。
陛下は相変わらず無表情だけれど、怒っている気もする。
彼は私が淹れた紅茶を一口飲むと、口を開いた。
「俺を慕っている演技はもうやめたのか?」
一瞬、彼の言葉の意味を理解しかねた。
私は陛下を盲目的に新しい主人のように慕っていた。
陛下の前では演技をしたことがないし、彼の役に立ちたいと動いていた。
「陛下が私の行動を演技と思うなら、それは演技だったのかもしれません」
なんと返して良いか分からない。
それでも、酷く虚しい気持ちになった。
陛下が自ら私のところに来るのは、私を叱りに来る時と房事の時だけだ。
「そなたがバラルデール帝国に来てから、信じられ無い事ばかり起こる。野心溢れたレイモンド・プルメル公爵が、まだ30代だと言うのに引退して領地に戻るそうだ。爵位は政治に興味のなかった息子のジョージア・プルメルに譲ると申しておる。それについて、そなたはどう思う」
「政治のことは私には良く分かりませんが、レイモンド・プルメル公爵もバラルデール帝国の将来を考えてのことでしょう」
陛下が私を警戒し政治的なことに近づけさせたくないのは分かっていた。
だから、私は自ら密かにレイモンド・プルメル公爵の周囲の人間に接触し、情報を得るしかなかった。
「政治のことは良く分からない? それならば、そのままでいてくれ⋯⋯そなたには何も考えずお茶会でも開きながら、毎日穏やかな日でも過ごして欲しいと考えている」
私は胸がつっかえて言葉が出なかった。
何も考えないでお茶をする友人などできた試しがない。
マルキテーズ王国で私が貴族令嬢を呼んでお茶会をする時は、いつも王家に有意な情報を集める為であった。
貴族令嬢は私の血筋を心で馬鹿にしながらも、王女の私と繋がりを持ちたいと思っている人間が多かった。
そして、後継ぎでもないので、口が軽く話して良いことと悪いことの区別もつかない馬鹿女ばかりだった。
そのような彼女たちを馬鹿にしながらも、意味もない話を長時間していても愛されている彼女たちを羨んでいた。
(何も考えないお茶会なんて、開いたことがないけど⋯⋯陛下が望むなら開かないと⋯⋯)
皇妃になったのだから、バラルデール帝国の貴族令嬢の監督責任があるのは分かっている。
定期的にお茶会を開催し、貴族令嬢たちと交流を持つべきだ。
皇妃として流行をつくりだしたり、令嬢たちの憧れになる事が望まれる。
服にも宝飾品といった令嬢が好むことに興味を持てないけれど、学んで話を合わせられるようになった方が良いかもしれない。
同年代の友人が欲しいと願っていたけれど、私は一体どのような話をするつもりだったのだろう。
「分かりました。そのように致します。陛下、お母様の国葬で政治的な話をしようとした事、花嫁修行もまともにせずに嫁いだことお詫びします。おそらく私は不妊なので、今晩はここで失礼させてください」
「子を産む為だけに、俺に抱かれたと言うんだな⋯⋯」