君の代わりに恋をする
第2話 手を繋ぎたいわけじゃないから
「おはよう佐倉さん!」
「大崎くん、おはよう」
昨日から彼氏になった隣の席の大崎くんは、今日も元気いっぱい私に挨拶をしてくる。
バスケ部で鍛えた逞しい体と、笑った時に見える八重歯のギャップが可愛らしい。
二年のクラス替えで同じクラスになった彼は、初対面の時からニコニコと私に話しかけてくれる。
まさか、私のことが好きだとは思っていなかったけど。
そして、大崎くんと挨拶を交わしたあと、ちらりと窓際の席に目を向ける。
頬杖をついて外の景色を眺める進藤くんは、こうして見るとすごく美少年だ。
さらさらの髪に白い肌、華奢な体に長い手足は誰が見ても綺麗だと言うだろう。
ただ、すごくモテるというわけではない。
それは彼の醸し出す雰囲気がそうさせてるのかもしれない。
「進藤くん、クッキー焼いたんだけど良かったら食べてくれないかな?」
クラスの女の子が可愛いラッピングをしたクッキーの袋を差し出している。
進藤くんはそのクッキーをちらりとみると「遠慮しとく」とだけ呟いて、また窓の外に視線を戻した。
いつも、こんな調子だ。
誰かが話しかけても最低限の会話しかせず、よく窓の外を眺めている。
だからか、入学当初はよく告白もされていたらしいが、今では遠目から見るだけの人、になっている。たまにさっきの彼女のように勇気を出して声をかける子もいるが、毎回撃沈している。
そん彼が唯一心を許しているのが――
「ねえ大崎、これ昨日発売されたやつ」
「おお! さすが蓮、発売に買ったんだ。もう読んだのか?」
「うん。だから大崎に貸そうと思って」
「ありがとお! ほんっと蓮はいいやつだな」
大崎くんは進藤くんから漫画本を受け取る。
ちなみに蓮とは進藤くんの下の名前だ。
二人は中学時代からの友人らしく、お互いに素を見せ合っている感じがする。
そう、昨日私は進藤くんに大崎くんのこが好きだと告げられたことよりも、私にあんなふうに話しかけてきたことのほうが驚いていた。
彼が、自分から大崎くん以外に話しかけることなんてめったにないのに。
今だって、昨日あんなことがあったというのに、進藤くんは私には見向きもしない。
ちなみまだノートは返してもらっていない。
「あ、佐倉さん!」
「え、はい」
大崎くんが突然声をかけてくる。
「今日部活休みなんだ。だから一緒に帰らない? っていっても、中学の部活に顔出したいから途中までになるんだけど……」
「私は大丈夫だよ」
「ほんと? やった!」
一緒に帰る約束をしただけなのに、大げさにガッツポーズする姿がなんだか可愛らしく思える。
部活が休みの日でも後輩の様子を見に行くなんて、大崎くんは本当にバスケが好きで、面倒見もいいんだろうな。
隣にいた進藤くんは、ちらりとこちらを見たが何も言わず自分の席に戻っていった。
放課後、大崎くんと二人で学校を出る。
教室でもいつも隣にいて、それが当たり前なのに『彼氏と一緒に帰る』そう思うだけでなぜか少し緊張する。
「佐倉さん、告白受けてくれてありがとね」
「ううん。中途半端な気持ちで返事したのに、大崎くんがそれでもいいって言ってくれたから」
「でもそれって、付き合ってみてもいいくらいには俺のこと気になってるってことだろ? それだけで十分うれしい」
すごく、ポジティブに捉えてくれてるんだな。
私なんか、後ろめたい気持ちでいっぱいだったのに、気にしなくていいんだと言ってくれてるみたいだった。
するとその時、大崎くんの左手が微かに私の右手に触れた。
ちょっと当たっただけかな、と思っていたけど、次の瞬間大きく温かい手のひらが私の手のひらをすっぽり包んだ。
「えっ……」
「ごめん、やっぱりこれはだめだった?」
「いや……だめってことはないよ……」
正直びっくりした。まさか初日でいきなり手を握られるとは思ってなかった。
でも、小学生じゃないんだし、手を繋ぐのが恥ずかしいなんて言ってられない。
そもそも告白を受けたんだから、これくらいのことで拒否するなんておこがましい。
「佐倉さんの手、小さいね」
大崎くんの手はバスケをしているからだろうか、すごく大きくて、少し硬い。
口には出さないけど。
そんなことよりも、すごくドキドキする。
このドキドキがときめきのドキドキなのか、緊張のドキドキなのかはわからない。
わからないけど、この人と付き合ってるんだな、という実感がわいてくる。
私はこのまま大崎くんのことが好きになるのだろうか。
ん? それにしても、いつもよく喋る大崎くんがなんだか静かだ。
どうしたんだろうとちらりと隣を見上げて見ると、顔を赤らめてこめかみを掻いている。
照れてるのかな。
喋らなくなってしまった大崎くんだったけれど、それもそれでいいかと、ただ手を繋いで歩いた。
「じゃあ俺、こっちだから」
「うん、また明日。頑張ってね」
「家まで送れなくてごめん。気を付けて帰ってね」
「いつも一人で帰ってるから大丈夫だよ」
大崎くんの母校の前の交差点で別れ、横断歩道を渡り、角を曲がる――
「うわぁああ」
「うるさいよ佐倉さん」
「な、なんでこんなところにいるの?!」
角を曲がってすぐのブロック塀にもたれかかるようにしゃがみ込んでる進藤くん。
びっくりした。もう少し進んでいたら蹴り飛ばすとこだった。
気だるそうによいしょ、と立ち上がると私の隣に並ぶ。
「え? なに? どうしたの?」
「帰るよ」
「なんで?」
「約束したでしょ。大崎とどんなふうに帰ってきたか再現してもらうよ」
「はい?」
再現?! どんな感じか話すという約束はしたかもしれないけど、再現なんて聞いてない!
「なんの話したの?」
「えーと……特には?」
「大崎が話しないなわけないでしょ」
「いや、ほんとに!」
最初に少し会話しただけで、手を繋いでからはずっと無言だった。
話という話はしていない。
けれど、進藤くんは目を細め疑いの眼差しを向けてくる。
「なんか隠してるでしょ」
「別に隠してることなんて――」
「これ」
「ああああああ」
進藤くんは鞄から私のノートを取り出す。
なんで持ち歩いてるの?! いや学校に置かれれても困るけど!
「ねえ、会話もせずにどんなふうに帰ってきたの?」
にこりと微笑みながら首をかしげる進藤くんは、綺麗な顔をしているけれど恐ろしい。
「手を……」
「手を?」
「繋いでました」
「ふーん。どっちの手?」
「えっと……右手」
「はい」
はい? 進藤くんは私に左手を差し出してくる。
「なに?」
「手、繋いだんでしょ? ほら、早く手かしてよ」
恐る恐る右手を上げると、勢いよく掴まれた。
っ……!
重なった手のひらは、大崎くんの手よりも小さくて、柔らかい。細く長い指が手の甲を包み込む。
「指は? 絡ませてたの?」
「絡ませてないです……」
「なんだ。大崎もまだまだだな」
進藤くんはそれだけ言うと、手を繋いだまま歩き出した。
なんだこの状況!?
こんなことになるなんて聞いてないんだけど!
思わぬ展開に困惑しながらも、進藤くんの有無を言わさぬ雰囲気に流されるしかなかった。
「あ、勘違いしないでよ。別に佐倉さんと手を繋ぎたいわけじゃないから」
なんて言いながら私の手をぎゅっと握った。
「大崎くん、おはよう」
昨日から彼氏になった隣の席の大崎くんは、今日も元気いっぱい私に挨拶をしてくる。
バスケ部で鍛えた逞しい体と、笑った時に見える八重歯のギャップが可愛らしい。
二年のクラス替えで同じクラスになった彼は、初対面の時からニコニコと私に話しかけてくれる。
まさか、私のことが好きだとは思っていなかったけど。
そして、大崎くんと挨拶を交わしたあと、ちらりと窓際の席に目を向ける。
頬杖をついて外の景色を眺める進藤くんは、こうして見るとすごく美少年だ。
さらさらの髪に白い肌、華奢な体に長い手足は誰が見ても綺麗だと言うだろう。
ただ、すごくモテるというわけではない。
それは彼の醸し出す雰囲気がそうさせてるのかもしれない。
「進藤くん、クッキー焼いたんだけど良かったら食べてくれないかな?」
クラスの女の子が可愛いラッピングをしたクッキーの袋を差し出している。
進藤くんはそのクッキーをちらりとみると「遠慮しとく」とだけ呟いて、また窓の外に視線を戻した。
いつも、こんな調子だ。
誰かが話しかけても最低限の会話しかせず、よく窓の外を眺めている。
だからか、入学当初はよく告白もされていたらしいが、今では遠目から見るだけの人、になっている。たまにさっきの彼女のように勇気を出して声をかける子もいるが、毎回撃沈している。
そん彼が唯一心を許しているのが――
「ねえ大崎、これ昨日発売されたやつ」
「おお! さすが蓮、発売に買ったんだ。もう読んだのか?」
「うん。だから大崎に貸そうと思って」
「ありがとお! ほんっと蓮はいいやつだな」
大崎くんは進藤くんから漫画本を受け取る。
ちなみに蓮とは進藤くんの下の名前だ。
二人は中学時代からの友人らしく、お互いに素を見せ合っている感じがする。
そう、昨日私は進藤くんに大崎くんのこが好きだと告げられたことよりも、私にあんなふうに話しかけてきたことのほうが驚いていた。
彼が、自分から大崎くん以外に話しかけることなんてめったにないのに。
今だって、昨日あんなことがあったというのに、進藤くんは私には見向きもしない。
ちなみまだノートは返してもらっていない。
「あ、佐倉さん!」
「え、はい」
大崎くんが突然声をかけてくる。
「今日部活休みなんだ。だから一緒に帰らない? っていっても、中学の部活に顔出したいから途中までになるんだけど……」
「私は大丈夫だよ」
「ほんと? やった!」
一緒に帰る約束をしただけなのに、大げさにガッツポーズする姿がなんだか可愛らしく思える。
部活が休みの日でも後輩の様子を見に行くなんて、大崎くんは本当にバスケが好きで、面倒見もいいんだろうな。
隣にいた進藤くんは、ちらりとこちらを見たが何も言わず自分の席に戻っていった。
放課後、大崎くんと二人で学校を出る。
教室でもいつも隣にいて、それが当たり前なのに『彼氏と一緒に帰る』そう思うだけでなぜか少し緊張する。
「佐倉さん、告白受けてくれてありがとね」
「ううん。中途半端な気持ちで返事したのに、大崎くんがそれでもいいって言ってくれたから」
「でもそれって、付き合ってみてもいいくらいには俺のこと気になってるってことだろ? それだけで十分うれしい」
すごく、ポジティブに捉えてくれてるんだな。
私なんか、後ろめたい気持ちでいっぱいだったのに、気にしなくていいんだと言ってくれてるみたいだった。
するとその時、大崎くんの左手が微かに私の右手に触れた。
ちょっと当たっただけかな、と思っていたけど、次の瞬間大きく温かい手のひらが私の手のひらをすっぽり包んだ。
「えっ……」
「ごめん、やっぱりこれはだめだった?」
「いや……だめってことはないよ……」
正直びっくりした。まさか初日でいきなり手を握られるとは思ってなかった。
でも、小学生じゃないんだし、手を繋ぐのが恥ずかしいなんて言ってられない。
そもそも告白を受けたんだから、これくらいのことで拒否するなんておこがましい。
「佐倉さんの手、小さいね」
大崎くんの手はバスケをしているからだろうか、すごく大きくて、少し硬い。
口には出さないけど。
そんなことよりも、すごくドキドキする。
このドキドキがときめきのドキドキなのか、緊張のドキドキなのかはわからない。
わからないけど、この人と付き合ってるんだな、という実感がわいてくる。
私はこのまま大崎くんのことが好きになるのだろうか。
ん? それにしても、いつもよく喋る大崎くんがなんだか静かだ。
どうしたんだろうとちらりと隣を見上げて見ると、顔を赤らめてこめかみを掻いている。
照れてるのかな。
喋らなくなってしまった大崎くんだったけれど、それもそれでいいかと、ただ手を繋いで歩いた。
「じゃあ俺、こっちだから」
「うん、また明日。頑張ってね」
「家まで送れなくてごめん。気を付けて帰ってね」
「いつも一人で帰ってるから大丈夫だよ」
大崎くんの母校の前の交差点で別れ、横断歩道を渡り、角を曲がる――
「うわぁああ」
「うるさいよ佐倉さん」
「な、なんでこんなところにいるの?!」
角を曲がってすぐのブロック塀にもたれかかるようにしゃがみ込んでる進藤くん。
びっくりした。もう少し進んでいたら蹴り飛ばすとこだった。
気だるそうによいしょ、と立ち上がると私の隣に並ぶ。
「え? なに? どうしたの?」
「帰るよ」
「なんで?」
「約束したでしょ。大崎とどんなふうに帰ってきたか再現してもらうよ」
「はい?」
再現?! どんな感じか話すという約束はしたかもしれないけど、再現なんて聞いてない!
「なんの話したの?」
「えーと……特には?」
「大崎が話しないなわけないでしょ」
「いや、ほんとに!」
最初に少し会話しただけで、手を繋いでからはずっと無言だった。
話という話はしていない。
けれど、進藤くんは目を細め疑いの眼差しを向けてくる。
「なんか隠してるでしょ」
「別に隠してることなんて――」
「これ」
「ああああああ」
進藤くんは鞄から私のノートを取り出す。
なんで持ち歩いてるの?! いや学校に置かれれても困るけど!
「ねえ、会話もせずにどんなふうに帰ってきたの?」
にこりと微笑みながら首をかしげる進藤くんは、綺麗な顔をしているけれど恐ろしい。
「手を……」
「手を?」
「繋いでました」
「ふーん。どっちの手?」
「えっと……右手」
「はい」
はい? 進藤くんは私に左手を差し出してくる。
「なに?」
「手、繋いだんでしょ? ほら、早く手かしてよ」
恐る恐る右手を上げると、勢いよく掴まれた。
っ……!
重なった手のひらは、大崎くんの手よりも小さくて、柔らかい。細く長い指が手の甲を包み込む。
「指は? 絡ませてたの?」
「絡ませてないです……」
「なんだ。大崎もまだまだだな」
進藤くんはそれだけ言うと、手を繋いだまま歩き出した。
なんだこの状況!?
こんなことになるなんて聞いてないんだけど!
思わぬ展開に困惑しながらも、進藤くんの有無を言わさぬ雰囲気に流されるしかなかった。
「あ、勘違いしないでよ。別に佐倉さんと手を繋ぎたいわけじゃないから」
なんて言いながら私の手をぎゅっと握った。