君の代わりに恋をする
第5話 間接キスしたんだね
「で、あーんはした?」
「してません!」
「なんだ。残念」
進藤くんは頬杖をつき、嬉しそうに質問してくる。
なんでそんなに残念がってるんだろう。
好きな人が違う人にあーんなんてされてたら普通いやじゃない?!
「そもそも、保健室から覗いてたなら、再現いらないよね?」
「覗いてたって言い方は心外だなぁ。二人がいるのは見えるけど、何してるかまでは見えないよ」
「お昼ご飯食べてただけだよ」
「大崎が佐倉さんのお弁当を前に何も言わないはずがないね」
けれども進藤くんは昨日の帰り同様、また疑いの眼差しを向けてくる。
ほんと、大崎くんのことをよくわかってる。
「お弁当美味しそうだな、いいな、って言われた」
「それで?」
「明日、大崎くんのお弁当も作ってくることになった……」
「ふーん」
その、ふーん、てやつ止めてほしい。
はじめは興味ないのかと思ったけど、たいていろくでもないことを考えてるとわかってきた。
「じゃあ、僕の分もよろしく」
「え! なんで?!」
「大崎と同じものを食べたいからに決まってるでしょ」
「この場合、進藤くんが手作りのお弁当を食べてもらいたい! じゃないの?」
「そんなわけないでしょ。大丈夫。ちゃんとお弁当のお礼はするから安心して」
なにが大丈夫なの?! 逆に安心できないでしょ!
でも、作ってこなかったときの方が不安なので、素直に頷くことにした。
「お口に合うかわかりませんよ?」
「味なんてどうでもいいよ」
「ひどいっ!」
本当に味なんてどうでもよくて、ただ大崎くんが食べるお弁当を食べたいだけなのだろう。
こうなったら絶対に美味しいって言わせてやる。
「で、ほかには?」
「ほか?」
「なに話して、なにしたの」
「えっと……水筒のお茶をあげた」
「僕にもちょうだい」
「言うと思った」
私は鞄から水筒を取り出しコップにお茶を注ぎ、進藤くんに差し出した。
そしてそのコップをじっと見る。
「間接キスしたんだね」
「うぇっ?!」
変な声がでてしまった。
口飲みタイプならまだしも、コップだから全く気にしてなかった。
「でも、どこに口つけたかわからないし! したかもしれないけど、してないかもしれない!」
「いや。二人とも右利きでしょ? このコップ取っ手が付いてるから右手でこう持ったとき、ここに口つけるでしょ」
進藤くんも右手で取っ手を持ち、その少し左手側のふちを指差す。
あ、そういえば、大崎くんもそこを見ながら一瞬固まってたな。
そういうことだったんだ。全然気づかなかった。
ゆっくりとコップに口をつけ、コク、コク、とお茶を飲み干す進藤くん。
なんか、間接キスだと思うと変に意識してしまう。
「これ、玄米茶?」
「ああ、うん。そうだよ。よくわかったね。大崎くんは気づいてなかったみたいだけど」
「大崎は気づいてないというより、お茶はお茶だろ、って言うと思う」
「確かに言いそう」
飲み終わったコップを返してもらい、そろそろ帰れるかなと思っていたら、進藤くんは頬杖をつき、ぼそりと話し始める。
「僕さ、別に大崎と付き合いたいなんて思ってはいないんだ」
え……急に恋愛相談始まった?! 珍しい。いったいどうした?
ちょっと驚いたけど、その話にはすごく興味がある。
「そうなの? 好きなら付き合いたいって思うもんじゃないの?」
「大崎は、僕のことを好きにはならないよ」
「まあ……そこは、わかんないけど」
「恋愛としての好きより、友達としての好きのほうが穏やかだし、長続きするよね」
それはそうなのかもしれない。
恋愛は別れてしまえばそこで終わり、友情はなにか大きな事情がない限りずっと続いていく。
よく聞く話ではあるけれど、でもそんなにうまく割り切れないのが恋愛なのではないかと勝手に思っている。
「私にこんな無茶苦茶なことさせてるのは、自分は絶対に大崎くんと付き合えないから?」
「叶うことのない僕の恋心をかわいそうだって思うなら、もう少し付き合ってね」
そんなふうに言われたら、なんか断りにくいな。
「まあいいんだけど、それよりノート返してくれないかな?」
「それはまだだめ」
「えぇ」
なによりそれが一番なのに。
進藤くんは意地悪気に笑いながら、立ち上がった。
「お弁当、楽しみにしてるね」
それだけ言うと、一人で空き教室を出ていった。
進藤くんは、これで満足なのだろうか。
こんな、間接的なことをするだけで満たされるものなの?
私にはそれがわからない。わからないけど、少しだけ、彼の心を覗いた気がした。
次の日、学校へ行くとなぜか私の席に進藤くんが座り、大崎くんと二人で話をしていた。
「あ、佐倉さんおはよう」
「おはよう」
私に気づいた大崎くんは挨拶をしてくれるが、微妙に気まずそうな表情をしている。
進藤くんはというと、直ぐに席を立ち自分の席へ戻っていった。
「佐倉さん、お弁当なんだけど……」
「うん、大崎くんの分も作ってきたよ」
不本意ながら進藤くんの分も。
「ほんっと申し訳ないんだけど、食べるのは別でもいいかな?」
「それはいいけど……お弁当は食べるんだよね……?」
「もちろん! ありがたく、ありがたく、食べさせていただきます!」
お弁当が無駄になるわけではないし、一緒に食べたかったわけではないのでそれは全然かまわない。でも、気になるのは――
「なにかあるの?」
「今日、体育委員の仕事があるの忘れてたんだ。当番がめったに回ってこないから油断してたー。蓮に言われて思い出したんだよね」
きっと、進藤くんは委員のこと覚えていただろう。覚えていて、あえてぎりぎりまで言わなかった。
そういうとこあるんだよね。こういうのもなんとなくわかってきた。
体育委員の仕事は体育祭の主催が主で、それ以外は月に一度体育用具の点検が持ち回りであるだけだ。その用具点検の当番が今日なのだそう。
ちなみにどの委員にも立候補しない進藤くんを、無理やり大崎くんが体育委員にした。
「そっか、大丈夫だよ。一緒に食べる約束をしてたわけじゃないしね。じゃあこれ先に渡しとく」
私はお弁当を取り出す。中身は同じだけど、大崎くんのお弁当だけ一回り大きいものにした。
いっぱい食べるだろうと思って。
「うおおお! ありがとう! 俺も、お礼にはならないかもしれないけど、これあげる」
差し出されたのは、私の好きな正方形の形をしたくちどけの良いチョコレート。
「箱ごと? いいの?」
「もちろんもちろん。むしろこんなのでごめんて感じ」
「そんなことないよ嬉しい」
このチョコレート、ちょっと高めなんだよな。
ありがたく受け取ると、大崎くんはホッとした表情をした。
それにしても、体育倉庫で進藤くんと大崎くんが二人きりか。
平均台に進藤くんが躓いて、それを大崎くんが支えようとして二人でマットに――
だめ! だめだめだめだめ! なにを想像してるんだ。
これだけは絶対にだめだ! 考えないようにしないと。
あれ? そういえば進藤くんは私のお弁当どうするんだろう。
まさか二人で一緒に私のお弁当を食べるわけじゃないよね。
なんてそわそわしていたが、渡すタイミングもなく昼休みになり、二人は体育館に向かっていった。
「――おい蓮、髪にごみ付いてるぞ」
「用具倉庫埃っぽすぎるよ」
「みんな点検だけして掃除はしてないんだろ」
「まあ僕たちもだけどね」
昼休みの終わり、そんな会話が聞こえてきて目を向けると、二人が帰ってきたところだった。
大崎くんは進藤くんの髪に触れ、ごみを取ってあげていた。
進藤くんのちょっと嬉しそうな顔は、見なかったことにしておこう。
◇ ◇ ◇
放課後、靴箱で靴を履き替えようとすると、目の前に進藤くんが立つ。
「なに帰ろうとしてるの」
「え、帰ったらだめなの」
「お弁当、あるんでしょ」
「あるけど……」
「じゃあいくよ」
そう言って向かった先は、昨日の空き教室。
「さすがに用具倉庫では食べられないからね。ここでいいでしょ」
進藤くんは今からお弁当を食べる気満々のようだった。
「してません!」
「なんだ。残念」
進藤くんは頬杖をつき、嬉しそうに質問してくる。
なんでそんなに残念がってるんだろう。
好きな人が違う人にあーんなんてされてたら普通いやじゃない?!
「そもそも、保健室から覗いてたなら、再現いらないよね?」
「覗いてたって言い方は心外だなぁ。二人がいるのは見えるけど、何してるかまでは見えないよ」
「お昼ご飯食べてただけだよ」
「大崎が佐倉さんのお弁当を前に何も言わないはずがないね」
けれども進藤くんは昨日の帰り同様、また疑いの眼差しを向けてくる。
ほんと、大崎くんのことをよくわかってる。
「お弁当美味しそうだな、いいな、って言われた」
「それで?」
「明日、大崎くんのお弁当も作ってくることになった……」
「ふーん」
その、ふーん、てやつ止めてほしい。
はじめは興味ないのかと思ったけど、たいていろくでもないことを考えてるとわかってきた。
「じゃあ、僕の分もよろしく」
「え! なんで?!」
「大崎と同じものを食べたいからに決まってるでしょ」
「この場合、進藤くんが手作りのお弁当を食べてもらいたい! じゃないの?」
「そんなわけないでしょ。大丈夫。ちゃんとお弁当のお礼はするから安心して」
なにが大丈夫なの?! 逆に安心できないでしょ!
でも、作ってこなかったときの方が不安なので、素直に頷くことにした。
「お口に合うかわかりませんよ?」
「味なんてどうでもいいよ」
「ひどいっ!」
本当に味なんてどうでもよくて、ただ大崎くんが食べるお弁当を食べたいだけなのだろう。
こうなったら絶対に美味しいって言わせてやる。
「で、ほかには?」
「ほか?」
「なに話して、なにしたの」
「えっと……水筒のお茶をあげた」
「僕にもちょうだい」
「言うと思った」
私は鞄から水筒を取り出しコップにお茶を注ぎ、進藤くんに差し出した。
そしてそのコップをじっと見る。
「間接キスしたんだね」
「うぇっ?!」
変な声がでてしまった。
口飲みタイプならまだしも、コップだから全く気にしてなかった。
「でも、どこに口つけたかわからないし! したかもしれないけど、してないかもしれない!」
「いや。二人とも右利きでしょ? このコップ取っ手が付いてるから右手でこう持ったとき、ここに口つけるでしょ」
進藤くんも右手で取っ手を持ち、その少し左手側のふちを指差す。
あ、そういえば、大崎くんもそこを見ながら一瞬固まってたな。
そういうことだったんだ。全然気づかなかった。
ゆっくりとコップに口をつけ、コク、コク、とお茶を飲み干す進藤くん。
なんか、間接キスだと思うと変に意識してしまう。
「これ、玄米茶?」
「ああ、うん。そうだよ。よくわかったね。大崎くんは気づいてなかったみたいだけど」
「大崎は気づいてないというより、お茶はお茶だろ、って言うと思う」
「確かに言いそう」
飲み終わったコップを返してもらい、そろそろ帰れるかなと思っていたら、進藤くんは頬杖をつき、ぼそりと話し始める。
「僕さ、別に大崎と付き合いたいなんて思ってはいないんだ」
え……急に恋愛相談始まった?! 珍しい。いったいどうした?
ちょっと驚いたけど、その話にはすごく興味がある。
「そうなの? 好きなら付き合いたいって思うもんじゃないの?」
「大崎は、僕のことを好きにはならないよ」
「まあ……そこは、わかんないけど」
「恋愛としての好きより、友達としての好きのほうが穏やかだし、長続きするよね」
それはそうなのかもしれない。
恋愛は別れてしまえばそこで終わり、友情はなにか大きな事情がない限りずっと続いていく。
よく聞く話ではあるけれど、でもそんなにうまく割り切れないのが恋愛なのではないかと勝手に思っている。
「私にこんな無茶苦茶なことさせてるのは、自分は絶対に大崎くんと付き合えないから?」
「叶うことのない僕の恋心をかわいそうだって思うなら、もう少し付き合ってね」
そんなふうに言われたら、なんか断りにくいな。
「まあいいんだけど、それよりノート返してくれないかな?」
「それはまだだめ」
「えぇ」
なによりそれが一番なのに。
進藤くんは意地悪気に笑いながら、立ち上がった。
「お弁当、楽しみにしてるね」
それだけ言うと、一人で空き教室を出ていった。
進藤くんは、これで満足なのだろうか。
こんな、間接的なことをするだけで満たされるものなの?
私にはそれがわからない。わからないけど、少しだけ、彼の心を覗いた気がした。
次の日、学校へ行くとなぜか私の席に進藤くんが座り、大崎くんと二人で話をしていた。
「あ、佐倉さんおはよう」
「おはよう」
私に気づいた大崎くんは挨拶をしてくれるが、微妙に気まずそうな表情をしている。
進藤くんはというと、直ぐに席を立ち自分の席へ戻っていった。
「佐倉さん、お弁当なんだけど……」
「うん、大崎くんの分も作ってきたよ」
不本意ながら進藤くんの分も。
「ほんっと申し訳ないんだけど、食べるのは別でもいいかな?」
「それはいいけど……お弁当は食べるんだよね……?」
「もちろん! ありがたく、ありがたく、食べさせていただきます!」
お弁当が無駄になるわけではないし、一緒に食べたかったわけではないのでそれは全然かまわない。でも、気になるのは――
「なにかあるの?」
「今日、体育委員の仕事があるの忘れてたんだ。当番がめったに回ってこないから油断してたー。蓮に言われて思い出したんだよね」
きっと、進藤くんは委員のこと覚えていただろう。覚えていて、あえてぎりぎりまで言わなかった。
そういうとこあるんだよね。こういうのもなんとなくわかってきた。
体育委員の仕事は体育祭の主催が主で、それ以外は月に一度体育用具の点検が持ち回りであるだけだ。その用具点検の当番が今日なのだそう。
ちなみにどの委員にも立候補しない進藤くんを、無理やり大崎くんが体育委員にした。
「そっか、大丈夫だよ。一緒に食べる約束をしてたわけじゃないしね。じゃあこれ先に渡しとく」
私はお弁当を取り出す。中身は同じだけど、大崎くんのお弁当だけ一回り大きいものにした。
いっぱい食べるだろうと思って。
「うおおお! ありがとう! 俺も、お礼にはならないかもしれないけど、これあげる」
差し出されたのは、私の好きな正方形の形をしたくちどけの良いチョコレート。
「箱ごと? いいの?」
「もちろんもちろん。むしろこんなのでごめんて感じ」
「そんなことないよ嬉しい」
このチョコレート、ちょっと高めなんだよな。
ありがたく受け取ると、大崎くんはホッとした表情をした。
それにしても、体育倉庫で進藤くんと大崎くんが二人きりか。
平均台に進藤くんが躓いて、それを大崎くんが支えようとして二人でマットに――
だめ! だめだめだめだめ! なにを想像してるんだ。
これだけは絶対にだめだ! 考えないようにしないと。
あれ? そういえば進藤くんは私のお弁当どうするんだろう。
まさか二人で一緒に私のお弁当を食べるわけじゃないよね。
なんてそわそわしていたが、渡すタイミングもなく昼休みになり、二人は体育館に向かっていった。
「――おい蓮、髪にごみ付いてるぞ」
「用具倉庫埃っぽすぎるよ」
「みんな点検だけして掃除はしてないんだろ」
「まあ僕たちもだけどね」
昼休みの終わり、そんな会話が聞こえてきて目を向けると、二人が帰ってきたところだった。
大崎くんは進藤くんの髪に触れ、ごみを取ってあげていた。
進藤くんのちょっと嬉しそうな顔は、見なかったことにしておこう。
◇ ◇ ◇
放課後、靴箱で靴を履き替えようとすると、目の前に進藤くんが立つ。
「なに帰ろうとしてるの」
「え、帰ったらだめなの」
「お弁当、あるんでしょ」
「あるけど……」
「じゃあいくよ」
そう言って向かった先は、昨日の空き教室。
「さすがに用具倉庫では食べられないからね。ここでいいでしょ」
進藤くんは今からお弁当を食べる気満々のようだった。