君の代わりに恋をする
第9話 わがままだな佐倉さんは
悩みに悩んだすえ、大崎くんの誕生日にいつもより豪華なお弁当とカップケーキを作った。
何か物をあげようか迷った。けど、何が欲しいかもわからないし、いらないものだったらどうしようと、うだうだ悩み、食べ物なら絶対に喜んでくれるだろうと結論付けた。
カップケーキはバター味、チョコレート味、抹茶味の三種類。
それぞれトッピングも変えて、プレートには『大崎くん』『お誕生日』『おめでとう』と書いて乗せた。透明のラッピング袋に入れリボンで縛る。
「うん。かわいいし、いい感じにできた」
思わず並べて写真を撮っていた。
大崎くん喜んでくれるかな。きっと喜んでくれるよね。
いつもの美味しそうにご飯を食べる彼の顔が浮かんだ。
学校へ行き、一番に大崎くんに声をかける。
「大崎くんおはよう」
「おはよう佐倉さん!」
「今日誕生日だよね? おめでとう」
「知っててくれたの?! 嬉しいありがとう!」
おめでとうって言っただけでこんなに喜んでくれる。
直接教えてもらったわけではないし、驚いてるのもあるのかな。
「それでね、お昼一緒に食べない? いろいろ作ってきたの」
「ほんとに? ありがとう! 楽しみだな」
大崎くんの笑顔に、私も食べてもらうのが楽しみになった。
誕生日のこと教えてもらえてよかった。あとで進藤くんにもお礼言っておこう。
少しドキドキしながら迎えたお昼休み、いつもの空き教室に来た。
広げたお弁当に、大崎くんは目を輝かせている。
「すげえ!」
「大崎くんが好きだっていってもの、たくさん作ってきたの」
チキン南蛮に、豚の角煮、牛肉のしぐれ煮。三種のお肉コンプリートだ。
あとはポテトサラダと玉子焼き、にんじんとピーマンのナムル。
お父さんのお弁当にも詰めたら、今日はなんでこんな豪勢なんだと不思議がられた。
彼氏の誕生日だからとは言えないので、なんとなく作りたかったと誤魔化しておいた。
「いただきます!」
「どうぞ」
大崎くんは口いっぱいにお肉を頬張る。美味しそうに食べてくれる姿に安心した。
「美味しかったあ! ありがとう、ほんとどれも絶品だったよ」
「よかった。あとね、カップケ――」
「あ、そうだ。よかったらこれ一緒に食べない?」
「えっ?」
大崎くんが鞄から取り出したのは、折り紙サイズの可愛らしい箱だった。
「マネージャーの先輩がくれたんだ」
箱を開けると、中にはホールのガトーショコラが入っていた。
小さめのホールではあるけれど、ずっしりとした見た目、たっぷりかけられた粉砂糖にアラザンのトッピングが綺麗で美味しそうだ。
「今朝、部室に荷物置きに行ったときもらったんだ」
「えっと……、誕生日だから?」
「たぶんそう。おめでとうって言われたから」
「そうなんだ。優しい先輩だね」
私は取り出そうとしたカップケーキを鞄の底に押し込んだ。
こんなに綺麗で美味しそうなガトーショコラを前に、私のカップケーキなんて出せない。
それに、いくら大崎くんでもそんなにたくさんは食べられないだろう。
誕生日のお祝いはお弁当ってことにして、これはなかったことにしよう。
「佐倉さんこれ、食べよ」
「あ……私はいいよ。お弁当でお腹いっぱいだし、せっかくもらったんだから、大崎くんが全部食べて」
「そう? じゃあ俺だけもらうね」
大崎くんはガトーショコラを豪快に頬張ると、うまいうまいといいながらあっという間に平らげた。
なんだか、すごくモヤモヤした。誕生日にいろいろな人からお祝いされるなんて当たり前のことだ。部活の先輩にプレゼントを渡されたって何も不思議じゃない。
なのに、なぜかそれが嫌だと感じた。
カップケーキだって、あとで食べてねって渡せばよかったのに、それができなかった。
放課後、もう誰もいない教室で私はまだ自分の席に座ったままでいた。
大崎くんはホームルームが終わった後すぐに部活へ行った。
マネージャーの先輩に、ケーキ美味しかったって言うのだろうか。
あの、すごく嬉しそうな笑顔を向けるのだろうか――。
「佐倉さん、まだ教室にいたんだ」
「進藤くん……」
「靴箱で待ち伏せしてたのになかなかこないから」
「待ち伏せって」
「ほら行くよ」
進藤くんは私の腕を掴み、教室を出る。私は抵抗する気力もなく、ただ付いていった。
やってきたのはいつもの空き教室だった。
「ねえ、大崎にカップケーキ渡してないの?」
「うん」
「なんで? 朝わざわざ僕に写真まで送ってきたのに」
そうだ、可愛くできたことが嬉しくって、朝撮った写真を進藤くんに送ったんだった。
あんなに張り切ってた自分が恥ずかしい。
「どうして渡してないこと知ってるの?」
「大崎が佐倉さんのお弁当喜んでた。でもカップケーキの話はしなかったからおかしいと思って」
「そうなんだ……」
「で、なんで!?」
ちょっと語尾が強いよ。怒らないでよ。
私は進藤くんにガトーショコラの話をした。私が作ったものが陳腐に思えたと。
「そんなの気にせず渡せばよかったじゃん」
「そうなのかもしれないけど。ガトーショコラ、すごかったんだもん」
「佐倉さんて意外と臆病なんだ」
「言わないでぇ」
厳しい突っ込みに、私は机に突っ伏した。
「でもそれって、大崎のこと好きってことなんじゃない? 先輩にやきもちやいたんでしょ」
え……? 大崎くんのことが好き? これが、好きってことなの?
こんなに醜い感情が、好き?
私はもっと、キラキラして、ドキドキして、温かい感情だと思ってた。
「こんな気持ちになるのが、恋ってこと?」
「そうだよ」
「これが、普通の恋なの?」
「気持ちなんてさ、人それぞれ在り方が違うんだから、別に普通とかないでしょ」
だったら、進藤くんだって普通の恋をしてるじゃないか、そう思ったけど、それは私が言うべきじゃない。
「はぁー。知りたくなかったかも……」
ずっと、知りたいと思ってた。楽しくて、嬉しくて、幸せに気持ちになるのかと思ってた。
もちろん、それだけじゃないこともわかってる。でも、初めての感情がこれなんて……。
「大崎に好きだって伝えるの?」
「こんな、モヤモヤした気持ち言えないよ」
「大崎のこと好きになったから、僕とこんなふうに会うのはやめる?」
「待ってぇ。こんな状態の私を見捨てないでぇ」
突っ伏したまま、首を振った。
自分勝手だとは思うけれど、進藤くんにしかこんなこと言えない。
「わがままだな佐倉さんは」
そう言いながら、私の頭をポンポン、と撫でてくれる。
いつも意地悪な進藤くんがすごく優しい。こんな関係やめたほうがいいなんて思っていたのに、今は進藤くんの存在がありがたかった。
「カップケーキ、渡しに行かないの? 部活中のいい差し入れになるんじゃない?」
「今さら渡せないよ」
「でも、頑張って作ったんでしょ? プレートだって手作りっぽかったし」
「もういいの」
「どうするのそれ」
「帰って捨てる」
自分でも、なんでこんなにやけくそになっているかわからない。いつもなら絶対に食べ物を粗末にしたりなんてしないのに。
「しょうがないなぁ。はい」
はい? 顔を上げると、進藤くんは手を差し出していた。
「僕が食べてあげるよ」
「でも……」
「美味しそうだったし、捨てるのはもったいないでしょ。ほら」
私は鞄からカップケーキを取り出した。
押し込んでいたからか、形が崩れてしまっている。さすがにこれは、と思っていたが、進藤くんは黙って私の手から取り、ラッピングを開けて食べはじめる。
「うん、美味しいよ。佐倉さん料理だけじゃなくてお菓子も作れるんだね」
あまりたくさん食べる方ではないはずなのに、二つ目も食べ始める。
その様子に、私は三つ目に手を伸ばした。
「私も食べる」
「そうしな。さすがに僕三つは食べられないし」
本当は、大崎くんに食べてもらいたかった。美味しいって笑って欲しかった。
でも、こうなったのは自業自得だ。
それでも目の前で美味しそうに食べてくれる進藤くんに、少しだけ救われた気がした。
「ねえ、今度バスケの大会あるって言ってたでしょ。一緒に応援行こうよ」
「応援? 行ってもいいのかな」
「いいでしょ。差し入れ持って行ってさ、驚かせようよ。大崎喜ぶと思うよ」
「差し入れか。そうだね、行く!」
いつまでもうじうじしてはいられない。
別に失恋したわけじゃないし、むしろ私は彼女なんだから、これからもっと彼女らしく大崎くんと付き合っていこう。
「進藤くん、恋愛初心者の私にどうかご指導よろしくお願いします」
「やだよ。それ僕にいうのおかしいでしょ」
「えー。だって進藤くんにしか聞けないんだもん」
「ほんとわがままだなぁ」
そして、私と進藤くんの関係も、少しずつ変わっていってるのかもしれない。
何か物をあげようか迷った。けど、何が欲しいかもわからないし、いらないものだったらどうしようと、うだうだ悩み、食べ物なら絶対に喜んでくれるだろうと結論付けた。
カップケーキはバター味、チョコレート味、抹茶味の三種類。
それぞれトッピングも変えて、プレートには『大崎くん』『お誕生日』『おめでとう』と書いて乗せた。透明のラッピング袋に入れリボンで縛る。
「うん。かわいいし、いい感じにできた」
思わず並べて写真を撮っていた。
大崎くん喜んでくれるかな。きっと喜んでくれるよね。
いつもの美味しそうにご飯を食べる彼の顔が浮かんだ。
学校へ行き、一番に大崎くんに声をかける。
「大崎くんおはよう」
「おはよう佐倉さん!」
「今日誕生日だよね? おめでとう」
「知っててくれたの?! 嬉しいありがとう!」
おめでとうって言っただけでこんなに喜んでくれる。
直接教えてもらったわけではないし、驚いてるのもあるのかな。
「それでね、お昼一緒に食べない? いろいろ作ってきたの」
「ほんとに? ありがとう! 楽しみだな」
大崎くんの笑顔に、私も食べてもらうのが楽しみになった。
誕生日のこと教えてもらえてよかった。あとで進藤くんにもお礼言っておこう。
少しドキドキしながら迎えたお昼休み、いつもの空き教室に来た。
広げたお弁当に、大崎くんは目を輝かせている。
「すげえ!」
「大崎くんが好きだっていってもの、たくさん作ってきたの」
チキン南蛮に、豚の角煮、牛肉のしぐれ煮。三種のお肉コンプリートだ。
あとはポテトサラダと玉子焼き、にんじんとピーマンのナムル。
お父さんのお弁当にも詰めたら、今日はなんでこんな豪勢なんだと不思議がられた。
彼氏の誕生日だからとは言えないので、なんとなく作りたかったと誤魔化しておいた。
「いただきます!」
「どうぞ」
大崎くんは口いっぱいにお肉を頬張る。美味しそうに食べてくれる姿に安心した。
「美味しかったあ! ありがとう、ほんとどれも絶品だったよ」
「よかった。あとね、カップケ――」
「あ、そうだ。よかったらこれ一緒に食べない?」
「えっ?」
大崎くんが鞄から取り出したのは、折り紙サイズの可愛らしい箱だった。
「マネージャーの先輩がくれたんだ」
箱を開けると、中にはホールのガトーショコラが入っていた。
小さめのホールではあるけれど、ずっしりとした見た目、たっぷりかけられた粉砂糖にアラザンのトッピングが綺麗で美味しそうだ。
「今朝、部室に荷物置きに行ったときもらったんだ」
「えっと……、誕生日だから?」
「たぶんそう。おめでとうって言われたから」
「そうなんだ。優しい先輩だね」
私は取り出そうとしたカップケーキを鞄の底に押し込んだ。
こんなに綺麗で美味しそうなガトーショコラを前に、私のカップケーキなんて出せない。
それに、いくら大崎くんでもそんなにたくさんは食べられないだろう。
誕生日のお祝いはお弁当ってことにして、これはなかったことにしよう。
「佐倉さんこれ、食べよ」
「あ……私はいいよ。お弁当でお腹いっぱいだし、せっかくもらったんだから、大崎くんが全部食べて」
「そう? じゃあ俺だけもらうね」
大崎くんはガトーショコラを豪快に頬張ると、うまいうまいといいながらあっという間に平らげた。
なんだか、すごくモヤモヤした。誕生日にいろいろな人からお祝いされるなんて当たり前のことだ。部活の先輩にプレゼントを渡されたって何も不思議じゃない。
なのに、なぜかそれが嫌だと感じた。
カップケーキだって、あとで食べてねって渡せばよかったのに、それができなかった。
放課後、もう誰もいない教室で私はまだ自分の席に座ったままでいた。
大崎くんはホームルームが終わった後すぐに部活へ行った。
マネージャーの先輩に、ケーキ美味しかったって言うのだろうか。
あの、すごく嬉しそうな笑顔を向けるのだろうか――。
「佐倉さん、まだ教室にいたんだ」
「進藤くん……」
「靴箱で待ち伏せしてたのになかなかこないから」
「待ち伏せって」
「ほら行くよ」
進藤くんは私の腕を掴み、教室を出る。私は抵抗する気力もなく、ただ付いていった。
やってきたのはいつもの空き教室だった。
「ねえ、大崎にカップケーキ渡してないの?」
「うん」
「なんで? 朝わざわざ僕に写真まで送ってきたのに」
そうだ、可愛くできたことが嬉しくって、朝撮った写真を進藤くんに送ったんだった。
あんなに張り切ってた自分が恥ずかしい。
「どうして渡してないこと知ってるの?」
「大崎が佐倉さんのお弁当喜んでた。でもカップケーキの話はしなかったからおかしいと思って」
「そうなんだ……」
「で、なんで!?」
ちょっと語尾が強いよ。怒らないでよ。
私は進藤くんにガトーショコラの話をした。私が作ったものが陳腐に思えたと。
「そんなの気にせず渡せばよかったじゃん」
「そうなのかもしれないけど。ガトーショコラ、すごかったんだもん」
「佐倉さんて意外と臆病なんだ」
「言わないでぇ」
厳しい突っ込みに、私は机に突っ伏した。
「でもそれって、大崎のこと好きってことなんじゃない? 先輩にやきもちやいたんでしょ」
え……? 大崎くんのことが好き? これが、好きってことなの?
こんなに醜い感情が、好き?
私はもっと、キラキラして、ドキドキして、温かい感情だと思ってた。
「こんな気持ちになるのが、恋ってこと?」
「そうだよ」
「これが、普通の恋なの?」
「気持ちなんてさ、人それぞれ在り方が違うんだから、別に普通とかないでしょ」
だったら、進藤くんだって普通の恋をしてるじゃないか、そう思ったけど、それは私が言うべきじゃない。
「はぁー。知りたくなかったかも……」
ずっと、知りたいと思ってた。楽しくて、嬉しくて、幸せに気持ちになるのかと思ってた。
もちろん、それだけじゃないこともわかってる。でも、初めての感情がこれなんて……。
「大崎に好きだって伝えるの?」
「こんな、モヤモヤした気持ち言えないよ」
「大崎のこと好きになったから、僕とこんなふうに会うのはやめる?」
「待ってぇ。こんな状態の私を見捨てないでぇ」
突っ伏したまま、首を振った。
自分勝手だとは思うけれど、進藤くんにしかこんなこと言えない。
「わがままだな佐倉さんは」
そう言いながら、私の頭をポンポン、と撫でてくれる。
いつも意地悪な進藤くんがすごく優しい。こんな関係やめたほうがいいなんて思っていたのに、今は進藤くんの存在がありがたかった。
「カップケーキ、渡しに行かないの? 部活中のいい差し入れになるんじゃない?」
「今さら渡せないよ」
「でも、頑張って作ったんでしょ? プレートだって手作りっぽかったし」
「もういいの」
「どうするのそれ」
「帰って捨てる」
自分でも、なんでこんなにやけくそになっているかわからない。いつもなら絶対に食べ物を粗末にしたりなんてしないのに。
「しょうがないなぁ。はい」
はい? 顔を上げると、進藤くんは手を差し出していた。
「僕が食べてあげるよ」
「でも……」
「美味しそうだったし、捨てるのはもったいないでしょ。ほら」
私は鞄からカップケーキを取り出した。
押し込んでいたからか、形が崩れてしまっている。さすがにこれは、と思っていたが、進藤くんは黙って私の手から取り、ラッピングを開けて食べはじめる。
「うん、美味しいよ。佐倉さん料理だけじゃなくてお菓子も作れるんだね」
あまりたくさん食べる方ではないはずなのに、二つ目も食べ始める。
その様子に、私は三つ目に手を伸ばした。
「私も食べる」
「そうしな。さすがに僕三つは食べられないし」
本当は、大崎くんに食べてもらいたかった。美味しいって笑って欲しかった。
でも、こうなったのは自業自得だ。
それでも目の前で美味しそうに食べてくれる進藤くんに、少しだけ救われた気がした。
「ねえ、今度バスケの大会あるって言ってたでしょ。一緒に応援行こうよ」
「応援? 行ってもいいのかな」
「いいでしょ。差し入れ持って行ってさ、驚かせようよ。大崎喜ぶと思うよ」
「差し入れか。そうだね、行く!」
いつまでもうじうじしてはいられない。
別に失恋したわけじゃないし、むしろ私は彼女なんだから、これからもっと彼女らしく大崎くんと付き合っていこう。
「進藤くん、恋愛初心者の私にどうかご指導よろしくお願いします」
「やだよ。それ僕にいうのおかしいでしょ」
「えー。だって進藤くんにしか聞けないんだもん」
「ほんとわがままだなぁ」
そして、私と進藤くんの関係も、少しずつ変わっていってるのかもしれない。