夕暮れのオレンジ
「おはよー…って、時間でもないけど…」
写真を感慨深げに眺めていると、のそのそと旦那が起きてきた。こんな時間まで寝ていたのにまだ眠そうなのは、昨夜遅くまで仕事をしていたからだ。朝食が面倒だったのは本当だけど、自然に起きるまで寝せておこうと思ったのも本当。
「おはよう、恭弥は?」
「まだ寝てる。あいつよく寝るなー、きっとすくすく成長するに違いない」
「寝る子は育つっていうものね。ならたくさん食べないと、もっと大きくなれないわ」
「今日は寝すぎたから、公園に散歩に連れてくかー。子供は走り回らないとダメだろ」
「ふふ、相手してあげてね」
「少ない休日ですからねー、パパは頑張ります…て、あれ。またそれ見てたの奥さん」
会話しながら自分でコーヒーを淹れた夫は、のそのそと私に近づいてきてパソコンの画面を覗き込んだ。映る夕暮れをこの人は実際に見なかったけれど、この写真は何度も目にしている。私が何度も開くからだ。
「真由美がね、いま日本にいるんですって。今度彼氏を連れて遊びに来るらしいから、予定を空けておきましょう」
「あいつあの子にまだ振り回されてんのか…いい加減プロポーズしないと逆プロポーズされかねねーぞ…」
「ふふ、真由美ってば世話焼きで男前だから、そうなるかもね」
この人と出会ったのも学校だ。真由美と別れた転校先で出会ったこの人は、最初好きになれなかった。
だって彼は、私の真由美への想いを否定した。
彼の友達が私に懸想していたらしく、高校最後の一年だけだったのにやたらと遭遇した。そのまま卒業して、県外の大学へ行ったのに同じ大学で見かけたときは驚いた。彼も相当驚いていたけれど。
でもそこからお付き合いが始まって、結婚にまで行くとは全く思っていなかった。
まったく思っていなかったと言えば、高校時代は私に恋していた彼が失恋後、カメラを持って走り回る親友と出会ってそのまま引きずられるようにおつきあいを始めることも考えてなんかいなかった。
年下の好きな親友は、ちょっと頼りないくらいの男性が好み。
出会いも別れも、やっぱり学校。
青春時代を過ごした場所だからこそ、記憶に強く強く、刻み込まれている。
そこで思い出すのは、廃校になった母校のこと。そして幼い息子のこと。
学校生活が充実していた私としては、ぜひ息子にも青春を謳歌してもらいたい。そのためにはやはり、いい学校選びをする必要がある。
小学校は親の選択。責任は重大だ。
「ねえ、あなた」
「んー?」
「恭弥の学校は、じっくり選びましょうね」
「…どういう話の流れでそうなったのかさっぱりだけど、そうだね。じっくり選ぼうか」
まだまだ時間はあるようで、小さいこの成長は一瞬だけど。
一瞬の出来事だからこそ、あの子には輝かしい学校生活を送って欲しい。
時刻はお昼。いい加減昼食の用意のため、私は立ち上がる。
パソコンのデスクトップは夕暮れ。
私の青春を彩る夕暮れは、時間など関係なくここにある。
形はなくても、ずっとずっと。
そうして。
赤い赤い、オレンジ色の教室で。
「あのさ、恭弥君に、聞いてほしいことがあるんだけど…」
「…なに?」
「実は、私ね」
青春は引き継がれていく。