夕暮れのオレンジ

 約一年一緒に過ごした教室は、夕焼けに赤く照らされて黒い影を作る。
 窓から見える空は赤くて赤くて、でもすぐ日は沈んで暗くなるだろう。
 それが寂しいと一瞬でも思ったのは、センチメンタルになった心境の所為なんだろうな、きっと。

 私は親友見たく難しく考えることは苦手だし、だから親友が転校した後の学園生活なんてまったく思いつかない。
 それでもきっと、直ぐに慣れるんだろう。さみしいと感じながらも日常の流れに逆らわず、クラス替えの時仲良しの子と別れて寂しかったけど、親友と出会ってすぐ平気になった時と同じように。
そうやってくるくる繰り返す人間関係。出会って別れて出会って、また別れて。
 別れの中に何か欲しくて、覚えていてほしいから、想いを伝える。
 覚えていてほしいから好意を告げたのか、好意があるから覚えていてほしいのか、正直まったくわからないけど。
 親友と同じ好意は、返せないけど。

「よし、撮ろう」
「え」
「薄れて忘れるなら、撮ろう」

 言ってすぐ立ち上がり、座っている親友の背後に回ってスマフォを構える。自撮りなんてそんなにしたことがないので手間取ったが、なんとか一枚撮ることができた。しかし何の予告もなく撮ったもんだから画面には戸惑いと間抜けな顔しか映らない。うん、如何しようこれ一発目は残しておきたいけど消したいくらい間抜けな顔だわ。私がな。
 もう一回いいかな、と思って親友を見下ろせば、画面のまんま戸惑った顔が私を見ている。

「ぶっちゃけ私は馬鹿だけど」
「うん、知ってる」
「ちょっとくらいフォローは欲しかった。…今みたいに馬鹿やって騒げるのなんて学生の内だってことくらいはわかってるし」
「うん」
「学校あっての友達、っていう子が多いのだって知ってる」
「うん」
「でも私が親友だと思ったのは加奈子だけだよ」

 同性からの告白を冗談で片づけなかったのも、気持ち悪いと差別しなかったのも、この子だからだ。
 今後薄れる友情なのかなんて。

「転校して、じゃあさよならって手を振るような友情でないと断言させてもらおうか」

 学校生活の中からいなくなって、たとえそれに慣れたとしても。
 それがイコール、友情の消失だなんて思わない。

「まあ正直恋愛方面で好きですってのにはごめんなさいとしか言えないけどさ」
「それは知ってる。真由美ショタコンだもんね」
「語弊がある!! 年下好きだけど!! yesロリショタ! noタッチだよ親友!!」
「私は百合なんだ」
「堂々とした告白にどうしたらいいのかわからないよ」
「それでも引かないでくれる真由美が好きよ」
「うん、ありがとう」

 今度の返答はお気に召した様子で、親友は嬉しげに微笑んだ。
 その微笑みは残しておきたくて、ぱしゃり。

「写真は残すの?」
「友情は薄れないけど今このときは一瞬だとついさっき理解したから」
「じゃあ私も」
「近い、近いよそれ絶対近いよ」
「真由美以外がいらないの」
「そのセリフは危ないよ親友」

 最終的にはいつものように馬鹿やって、そろそろ時間だからと荷物を持って教室を出た。
 教室を出るとき、私は振り返って赤く染まった教室を画面に収める。
 彼女はその様子をただ見ていた。


 その真っ赤な教室は、今ではパソコンのフォルダに移されている。

 一週間後宣言通りに転校していった親友は、転校先で撮った写真を転送してきては豊富な話題を提供してくれた。
 新しい家、学校、友達、道端の花から空まで。
 私も珍しいものを見つけたら、彼女に画像を送るのが当然のようになって。

 だけど夕暮れだけは。

 あの日以上に、印象に残る夕暮れだけは、どれだけ時間が過ぎても見つからなかった。



 時間が過ぎて卒業して、あの教室はもう私たちだけの教室とは呼べないけれど。

 それでも色濃く残っている。赤く染まった夕暮れの教室。

 加奈子との思い出と一緒に。

 あの日の放課後を、私たちは忘れない。



『告白されたんだけど、相手が近所の小学五年生なのよ。お姉さんは女の人にしか興味がないって言って断っていいと思う?』
「トラウマになりそうだから別の断り文句を考えようか親友!!」
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