女子爵は、イケメン人魚を飼う事にしました。
3話
彼が目覚めると待機させていた医者を部屋に入れた。
「では、診察を始めますよ」
優しげな声が、客間に静かに響いた。医者のリウドは、村にある診療所の医師で、いつもおっとりとした雰囲気を漂わせている。見た目はどこか柔和な印象だが、領民からの信頼は厚い人物だ。
彼は持参した革の鞄を開けると、聴診器を取り出し、手際よく準備を進めていく。
「失礼しますね」
リウドは、客間のベッドに座る彼の前にしゃがみ込み、目を合わせながら優しく声をかけた。彼は、リウドの動きをじっと見つめている。
さっきまでのパニックは少し収まったようだった。私はその様子を見て、胸をなでおろした。
「彼は私たちの話が分かっている……少なくとも、意思は伝わっているみたいね」
目の前の彼は、リウドの声にしっかり反応している。
(それなら、大丈夫。意思の疎通ができるのなら……話し合えるはず)
「では、胸の音を聞かせてもらいますね」
リウドは聴診器を手に取り、彼の胸元に触れようとしたが、彼は驚いたように体を引いた。
「大丈夫、怖がらなくていいのよ」
私は声をかけ、彼の手にそっと触れた。すると、彼は私を見つめ、しばらくしてから静かに頷いた。その仕草が、なんだかとても人間らしくて、思わず心が温かくなった。
「うん、いい子ね」
彼は少し不満そうに私を見たが、特に反論もせず、リウドに身を任せた。診察が終わり、リウドは立ち上がって私の方に向き直った。
「低体温症の影響は、だいぶ回復していますね。ただ、手足の感覚がまだ鈍いかもしれません。これは血流が戻る途中に起こるものです。しばらく安静にさせていれば、回復する可能性は高いでしょう」
「じゃあ、歩けるようになるの?」
「……それが問題ですね」
リウドは一度言葉を切り、私の目を見据えた。
「低体温症による一時的な麻痺の可能性もありますが、彼の脚の筋肉の張り具合が少し気になりました。特に、足首やふくらはぎの筋肉が、あまりにも使われていないように感じます」
「使われていない?」
「はい。まるで、長い間、歩くことがなかったかのような感覚ですかね。動かさない期間が長いと、筋肉は硬直し、動きが悪くなります。足以外の筋肉には状態はありません。何か特殊な事情があるのかもしれません」
リウドの言葉を聞き、私は彼の顔を見た。彼はリウドの話をしっかりと聞いている。まるで、自分の体の状態を知るために、すべての言葉を理解しようとしているようだった。
やはり彼は、私たちの言葉を理解している。それに気づいたとき、私は少し安心した。
「あなた、私たちの言葉が分かるのね?」
私が彼にそう尋ねると、彼は一瞬驚いたように目を見開き、それからゆっくりと頷いた。
「よかった……」
心の中にあった不安が、すっと消えた気がした。人間離れした見た目と、海に打ち上げられていたという状況から、もしかしたら他国の人間か、言葉が通じない人物かもしれないと考えていた。
でも、言葉が通じるなら問題ない。これで、彼と話ができる。
「名前を聞きましょうか?」
私はそう言うと、オズワルドに声をかけた。
「オズワルド、紙とペンをお願い」
「かしこまりました」
オズワルドはすぐに執務室から紙とペンを持ってきて、私の手元に差し出した。
「これに、あなたの名前を書いてもらえる?」
私は彼の手にペンを握らせ、紙の上にそっと導く。彼は一瞬迷うような表情を見せたが、すぐにペンを握り直し、真剣な表情で動かし始めた。
彼の手の動きを見て、私は少し胸が高鳴った。彼の名前が分かれば、少しでも彼の素性に近づけるかもしれない。
ペンが紙の上をなぞる音が、静かな客間に響く。彼は一度手を止め、書き終わったようだ。
「ありがとう。見せてくれる?」
彼が書いた紙を私の手元に引き寄せる。その瞬間、私の動きが止まった。
「……え?」
私は紙を凝視した。そこに書かれていたのは、奇妙な線の集合体だった。曲線、直線、ぐるぐると回る渦のような模様が、紙の上にびっしりと並んでいた。
「……これ、何?」
オズワルドも私の後ろから紙をのぞき込んだが、彼も首をかしげていた。
「記号でしょうか? いえ、しかし文字のようにも見えますが……」
リウドがぽつりとつぶやいた。
「……ただの落書きにしか見えないわ」
そう、どこからどう見ても、これが“名前”だとは思えなかった。
「えっと……この中に、名前はどれかしら?」
そう問いかけてみたけれど、彼はきょとんとした顔をして私を見つめるだけだった。彼がペンを不器用ながらも持つ手を動かして、紙の端にもう一つぐるぐるした模様を追加する。
「……あぁ、これは長くなりそうね」
私が思わずため息をつくと、オズワルドがくすりと笑った。
「彼はまだリディア様に興味を持たせるおつもりのようですね」
「では、診察を始めますよ」
優しげな声が、客間に静かに響いた。医者のリウドは、村にある診療所の医師で、いつもおっとりとした雰囲気を漂わせている。見た目はどこか柔和な印象だが、領民からの信頼は厚い人物だ。
彼は持参した革の鞄を開けると、聴診器を取り出し、手際よく準備を進めていく。
「失礼しますね」
リウドは、客間のベッドに座る彼の前にしゃがみ込み、目を合わせながら優しく声をかけた。彼は、リウドの動きをじっと見つめている。
さっきまでのパニックは少し収まったようだった。私はその様子を見て、胸をなでおろした。
「彼は私たちの話が分かっている……少なくとも、意思は伝わっているみたいね」
目の前の彼は、リウドの声にしっかり反応している。
(それなら、大丈夫。意思の疎通ができるのなら……話し合えるはず)
「では、胸の音を聞かせてもらいますね」
リウドは聴診器を手に取り、彼の胸元に触れようとしたが、彼は驚いたように体を引いた。
「大丈夫、怖がらなくていいのよ」
私は声をかけ、彼の手にそっと触れた。すると、彼は私を見つめ、しばらくしてから静かに頷いた。その仕草が、なんだかとても人間らしくて、思わず心が温かくなった。
「うん、いい子ね」
彼は少し不満そうに私を見たが、特に反論もせず、リウドに身を任せた。診察が終わり、リウドは立ち上がって私の方に向き直った。
「低体温症の影響は、だいぶ回復していますね。ただ、手足の感覚がまだ鈍いかもしれません。これは血流が戻る途中に起こるものです。しばらく安静にさせていれば、回復する可能性は高いでしょう」
「じゃあ、歩けるようになるの?」
「……それが問題ですね」
リウドは一度言葉を切り、私の目を見据えた。
「低体温症による一時的な麻痺の可能性もありますが、彼の脚の筋肉の張り具合が少し気になりました。特に、足首やふくらはぎの筋肉が、あまりにも使われていないように感じます」
「使われていない?」
「はい。まるで、長い間、歩くことがなかったかのような感覚ですかね。動かさない期間が長いと、筋肉は硬直し、動きが悪くなります。足以外の筋肉には状態はありません。何か特殊な事情があるのかもしれません」
リウドの言葉を聞き、私は彼の顔を見た。彼はリウドの話をしっかりと聞いている。まるで、自分の体の状態を知るために、すべての言葉を理解しようとしているようだった。
やはり彼は、私たちの言葉を理解している。それに気づいたとき、私は少し安心した。
「あなた、私たちの言葉が分かるのね?」
私が彼にそう尋ねると、彼は一瞬驚いたように目を見開き、それからゆっくりと頷いた。
「よかった……」
心の中にあった不安が、すっと消えた気がした。人間離れした見た目と、海に打ち上げられていたという状況から、もしかしたら他国の人間か、言葉が通じない人物かもしれないと考えていた。
でも、言葉が通じるなら問題ない。これで、彼と話ができる。
「名前を聞きましょうか?」
私はそう言うと、オズワルドに声をかけた。
「オズワルド、紙とペンをお願い」
「かしこまりました」
オズワルドはすぐに執務室から紙とペンを持ってきて、私の手元に差し出した。
「これに、あなたの名前を書いてもらえる?」
私は彼の手にペンを握らせ、紙の上にそっと導く。彼は一瞬迷うような表情を見せたが、すぐにペンを握り直し、真剣な表情で動かし始めた。
彼の手の動きを見て、私は少し胸が高鳴った。彼の名前が分かれば、少しでも彼の素性に近づけるかもしれない。
ペンが紙の上をなぞる音が、静かな客間に響く。彼は一度手を止め、書き終わったようだ。
「ありがとう。見せてくれる?」
彼が書いた紙を私の手元に引き寄せる。その瞬間、私の動きが止まった。
「……え?」
私は紙を凝視した。そこに書かれていたのは、奇妙な線の集合体だった。曲線、直線、ぐるぐると回る渦のような模様が、紙の上にびっしりと並んでいた。
「……これ、何?」
オズワルドも私の後ろから紙をのぞき込んだが、彼も首をかしげていた。
「記号でしょうか? いえ、しかし文字のようにも見えますが……」
リウドがぽつりとつぶやいた。
「……ただの落書きにしか見えないわ」
そう、どこからどう見ても、これが“名前”だとは思えなかった。
「えっと……この中に、名前はどれかしら?」
そう問いかけてみたけれど、彼はきょとんとした顔をして私を見つめるだけだった。彼がペンを不器用ながらも持つ手を動かして、紙の端にもう一つぐるぐるした模様を追加する。
「……あぁ、これは長くなりそうね」
私が思わずため息をつくと、オズワルドがくすりと笑った。
「彼はまだリディア様に興味を持たせるおつもりのようですね」