元不良騎士様と見習いメイド(短編ver)
とある東の国に聳える大きな城。そこには東の国の王族や彼らに仕える従者が住んでいた。

一人、そんな広い敷地を歩く少女がいた。柔らかいベージュのワンピースに白いエプロン、長いピンクの髪を三つ編みに結んで纏めている。


「えーと、キッチンはこっちだっけ…あれ、あっちだっけ…」


迷子になった…どこまでも続く廊下、今日こそは一人でキッチンまでたどり着く、と意気込んでみたものの早速迷子になった。

見習いメイド、まだ入って数ヶ月。もう入って数ヶ月。そろそろ城内を覚えたい。
このソフィアという少女は田舎からやってきた。初めての都会にわくわくしたのはほんの数日で、後は働き詰めである。


「よし、こっち!」
「鍛錬場に何か用があるの?」
「きゃ!」


後ろからいきなり耳元で声をかけられた。驚いて振り向くといつの間にか後ろに男性が立っていた。
腰に剣を差して、騎士の格好している男性にソフィアはぱあと表情を明るくした。


「あ、あの、キッチンの場所がわからなくなってしまって…案内して頂けませんか…?」
「キッチン?」


物腰の柔らかそうな男性。黒い柔らかい癖っ毛に灰色の優しそうな目。
ソフィアは恥ずかしそうに顔真っ赤にして言った。


「は、恥ずかしながら迷子になってしまって…」
「あはは、もしかして新人さんかな?この城は分かりづらいよね、俺も新人の頃はよく迷ったなあ」


ソフィアが肯定の意味で黙ると彼はくすりと笑う。


「俺はルイ。よろしくね。じゃあ、キッチンに案内しよう、お嬢さん」







「騎士様はこのお城に来て長いんですか?」
「ん?いや一年くらいだよ。ていうか」


入り組んだ道を迷うことなく歩いていくルイについていくソフィア。背の低いソフィアにルイは歩調を合わせてくれる。
キッチンとは真逆の方向に来てしまったらしくソフィアは自分にげんなりした。また先輩に怒られてしまう。


「騎士様なんて大それた地位じゃないんだからルイって呼んでよ」
「そ、そんな!メイドが騎士様を名前で呼べません…!」


男尊女卑のある時代ではないが、騎士はメイドより位が高い。
恐れ多い!とメイドのソフィアが青ざめる。その反応が面白かったのかルイはくすりと笑う。
謙虚で優しく、物腰の柔らかい騎士様だ。それでいて社交的。


「分かった、ソフィアが名前で呼んでくれるように頑張ろうかな」
「え、あ」
「冗談だよ」


ちょっぴりびっくりした、とソフィアは顔を赤くする。
無事にキッチンに着いてルイにお礼すると「またお話しようね」と言われて顔を赤くする。
元々女姉妹で父親以外の男性と話す機会の少なかったソフィアは優しくしてくれるルイにドギマギしていた。
頬を叩いて仕事に気合いを入れるとキッチンから先輩が出てきた。


「ソフィア!遅い!また迷子になってたわね!」
「エリー先輩、す、すみません…」
「はあ…まあ、いいわ。自分でたどり着けたなら」
「い、いえ、騎士様に案内いていただいて…」
「騎士様に?誰よ」


茶髪の長い髪をお団子にしているエリーに怒られるソフィア。しかし、騎士様というワードに少々興味があるご様子。
ソフィアは頬を赤くして嬉しそうに答えた。


「ルイ様です!お優しくてかっこよくて…!またお話ししようねって言ってくれました!」
「!あの騎士様に!?何かされなかった!?大丈夫!?」


エリーがその名前を聞いた途端青ざめてソフィアの肩を掴む。その反応が来るとは思わなかったソフィアはひっくりして目を丸める。
エリーは辺りを見渡して彼がいないことを確認すると自分を落ち着かせるようにため息を吐いた。


「その騎士様には近づかない方がいいわよ」
「え?」
「私も噂で聞いただけなんだけどー…」


一年前、彼の故郷である小さな村があったらしい。元々不良でよく知られていた彼は日頃から窃盗や暴行事件を繰り返していた。
よく騎士団のご厄介になっていたらしい。物好きな王子様は彼の剣の腕に目をつけて騎士団に引き入れたらしいが、詳しいことは不明である。


「兎に角、いい噂は聞かないしあまり近寄らない方がいいわよ」
「で、でも騎士様は凄く優しくて…」
「ヤバい奴ほど外っつらはいいものよ。さ、仕事しましょ」


丁度、夕食前だ。料理を運ぶ準備をするメイド達に混じって仕事をする。
ソフィアはそんな人には見えない…と少々落ち込みモード。







「あ、ソフィア」
「!騎士様!おはようございます!」


朝早く、ソフィアは城の外に向かっているとルイと出会った。ソフィアは嬉しそうにててて…とルイの側に近づく。まるで人懐こい犬のようだ。その様子が微笑ましいルイは「今日はメイド服じゃないんだね」と不思議そうに言う。
水色のワンピースを着ているソフィアをまじまじと見る。


「うん、一段と可愛いね」
「か、かわ…!あ、ありがとうございます…」
「あれ、嬉しくない?」
「そ、そんなことないです!今日は休日なので城下町を散策しようと思って」


前にエリーに言われた言葉を思い出してしおしおと落ち込むソフィア。素直に喜べない。
外っつらのいい不良の騎士様。
今日のお仕事はお休みだ。せっかくなので城を出てお買い物したいとソフィアは思っていた。
それを聞いてルイはうーん、と目を右に動かした。どうしたのだろうか。


「大丈夫?迷子にならない?」
「うっ、せ、先輩に地図書いてもらったので大丈夫です!先週もなんとかお城に辿り着けたので!」
「そう?なんだか心配だなあ、俺も着いていこうかな。そうだ、デートしちゃう?」
「で、!?」


デート!?男性とデートなんてしたことのないソフィアには刺激が強くて顔を真っ赤にさせる。
は!これがソトッツラがいいということでは!?とエリーに言われた言葉を思い出す。で、でも優しく騎士様がそんなことするわけ…!と百面相する。
その様子を見ていた騎士様はにこりと微笑む。


「よし、俺も行こっと」
「で、でも、騎士様。これからお仕事では…?」
「いいよいいよ。仕事よりソフィアといた方が楽しいし」
「…」


そういえば初めて会った時も騎士様の鍛錬場ではなかった。騎士の仕事はパトロールだったり鍛錬場で鍛えたり…などだがあの時は何をしていたのだろうか。
するとどこからか強面の騎士団長が怒り心頭にやってきた。


「ルイ!またサボってるのか!道草食ってないで鍛錬場に戻れ!」
「騎士団長。そんな怖い顔してたらソフィアが怖がっちゃうよ」
「ソフィア?誰だ、その子は」


髭の生えた騎士団長がソフィアを視界に入れると彼女は表情を固くしてルイの背中に隠れた。怖いらしい。
騎士団長にソフィアのことを聞かれて「ソフィアは、…うーん」とルイは悩む。え!?悩むところ!?とソフィアが目を丸める。


「俺のカノジョ♡」
「え!?!?」
「は?」


ソフィアの肩に手を置いて、そんな冗談を言うルイにソフィアは目が飛び出るかと思った。


「ソフィアはここのメイドですよ。不審な目で見ちゃダメですよ、団長」
「あ、ああそうだったか。制服を着てなかったからつい、すまない」


騎士団長に謝られてソフィア「い、いえ…!大丈夫です」と慌てる。
「兎に角!お前は鍛錬場に戻れ!いつもいつもサボってばかりで手を焼く」と怒っている騎士団長にソフィアはああ…と納得する。初めて会った時もサボってたんだ、と確信する。


「俺、今からソフィアとデートなんで」
「駄目に決まっているだろう。何を言ってるんだ」
「メイドを守るのも騎士の務めでしょう?まさか、東の国を統率する城の騎士がメイド一人も守れないようじゃねえ〜?」
「…分かったからもう行け」
「はーい」


さ、行こと背中を押されソフィアは心配そうに騎士団長を見る。「良いんですか?お仕事サボっても…」と不安そうに聞くソフィアにルイは平気そうに答える。


「いいよいいよ。今日はソフィアを守るのが俺の仕事ってこと」







「騎士様!このネックレスとても可愛いです!」
目の前に並んでいるアクセサリーを眺めて目を輝かせているソフィア。今日は大通りに色んな店が出店している。スイーツ、アクセサリー、花、人形。
大勢の人で賑わう大通り。ソフィアは楽しそうに出店している店を周っていた。
ピンクの花のモチーフがついたネックレスを見てソフィアはニコニコしている。


「そうだね。ソフィアの髪色みたいで可愛いね」
「!そ、ソウデスカ…?」
「うん」


そう言われると逆に買うのを躊躇ってしまう。照れてしまったソフィアは「ほ、他のお店も見てみましょうか!」と声が上擦ってしまう。


「買わないの?」
「ほ、ほかのもみてから…」
「そっか」


ぷすぷすと湯気が出るソフィアにルイははい、と掌を差し出す。ん?とソフィアの目が点になるとルイは当たり前のように言う。


「手、繋ぎたくない?」
「え!?どうして手繋ぐンデスカ…?」
「ソフィア小さいから逸れないように。腕組む方が良かった?」
「え、えと…、あの、」
「ごめんごめん、からかいすぎたね」


掌を下げるルイにソフィアは「い、行きましょうか!」と話を繋げる。
人混みを歩きながら考える。
からかっているのだろうか、とソフィアは落ち込む。その気があるからそういうことを言っているのではなく?


「(そうだよね、騎士様は不良?だから気を持たせることも言うよね…)」


昔、姉が言っていた。変に気を持たせる男もいるのだと。騎士様がそうとは思いたくないけどエリーの話からもそう思ってしまう。
益々、しょぼんと落ち込むソフィア。
憧れの騎士様に対してそんなことを思うなんて。
そう考えてはっとした。騎士様のことだ、察しられてないだろうか、と無理やり笑顔を作って隣にいるであろうルイに話しかける。


「き、騎士様は行きたいところはありま…あれ?」


隣にいたはずのルイがいない。
は、逸れた…と青ざめるソフィア。騎士様どこに!?迷子!?と辺りを見渡すが人の海でわからない。
「き、きしさま、わわわ」と人の波に押されて流されてしまい、思わず尻餅をついてしまう。


「(もうやだな…騎士様のこと悪く思うの…)」


昔悪いことしていたのは本当なのだろうか。
先輩のこと疑っているわけではないけど、そうなってしまう。それにも嫌気を差してしまう。
どちらかを信じればどちらかを疑ってしまう。


「ソフィア?」
「!」


頭上から聞き覚えの声がして顔を上げるとルイは心配そうにこちらを見ていた。
空は明るくて眩しくて。ソフィアを温かく包み込む。


「大丈夫?転んじゃった?」
「だ、大丈夫です!き、騎士様はどこに行ってたんですか?」
「ちょっとね。…。甘いものでも食べようか」


深く聞かないルイにソフィアはついていく。近くで売っていたワッフルを手にベンチに座ると意外にもルイが話を切り出した。


「何か悩み事?聞くよ」
「…えと、それは」
「あ、その反応。俺のことだったりする?そしたら嬉しいな」


その返事にソフィアは黙ってしまった。
嬉しいのだろうか、嬉しいはずがない。自分が悪いことをしていたのではないかと疑われて嬉しいはずがない。
益々言い出せなくなったソフィアを見て、ルイはいけないこと聞いてしまったかな、と思う。


「言いにくい?」
「…」
「それでも言ってくれたら嬉しいな。傷つかないから。それに俺はソフィアと仲良くしたいから」


まるでソフィアの言いたいことをわかっているような口ぶりである。
ソフィアは悩んで口を開いた。


「騎士様はお城に来る前、悪いことしてたって…本当ですか?」
「…やっぱり。人から聞いたんだね、うん、悪いことしてたよ」


ルイは軽々しくにこりとして答える。
ソフィアはショックで固まる。否定して欲しかった。自分だって疑っておいて、何を都合のいいことを。やっぱり悪いことしてたんだ。嘘だと言って欲しかった。
そんな自分勝手な被害妄想が頭を巡る。


「ごめんね、幻滅したよね」
「理由を聞いても…?」
「…。理由を聞いてソフィアは納得出来る?どっちにしろ窃盗や暴力事件起こしてた事実は変わらないよ」
「…それでも聞きたいです」
「…」


ルイの住んでいた町は東の国の中でも一番治安が悪かった。貧しさで飢えに苦しむ子供、窃盗を繰り返す人々。
ルイは幼い頃からどんなことでもこなしてきた。窃盗なんて簡単にできたし、腕っぷしも良かった。他の不良達と絡むことなく、一人で生きてきた。
そんなある日だった。町に騎士団がやってきた。
街に巣食うギャングを制圧する為だったが、ルイはひょんなことから巻き込まれてしまった。捕まるわけにはいかない、と騎士から剣を奪って応戦するがそこに王子が現れて言ったのだ。


「おお、素晴らしい。その気迫、勇気を買おうじゃないか。どうだ、私の下で働いてみないか?」


王子に捕らえられたルイは無理やり城に連れてこられて今の至るらしい。
最初は面倒でやる気もなかったが、その度に王子が様子を見に来てボコボコにされるので従うしかなかった。
従えばそれなりの生活をさせてもらえる。あんな苦しい生活はしなくて済む。


「今は楽しいよ。王子様にボコボコにされることも無くなったし、団長は相変わらず厳しいけど」
「…それはよかったです」
「どう?俺のこと嫌いになった?」


ソフィアは首を横に振るとルイは少し驚いたように目を見開いた。


「いいえ、騎士様はやっぱり優しい人です。王子様もきっとそれが分かってお城に騎士様を連れてきたんだと思います」
「そうかなあ。あの人、よくわからないところあるから」
「絶対そうです。…騎士様を疑ったこと謝ります。ごめんなさい。辛い思いをしてたのに…」
「いいよ、悪いことしてたことには変わりないから」
「あ、でももう悪いことしちゃ駄目ですよ?」
「あはは、もうしないよ」


する必要もないしね、と言うルイにソフィアは安心する。
確かに悪いことをしていたことには変わりないが、状況が状況だもん仕方ないよね、なんて平和主義なソフィア。
良かったあ、今も昔も優しい騎士様だと安心するソフィアを見てルイは自分のポケットを漁る。


「ソフィア、後ろ向いて」
「え?」
「いいからいいから」


言われるがまま背を向けると首に腕が回った。へ!?と驚くソフィアが「動かないで」と言われて言うとおりにする。
首元にキラリと光るネックレスがつけられた。ピンクの花のモチーフに先程店で気に入っていたものだ。
「うん、似合ってる」
「嬉しい…ありがとうございます」
とルイは右手の手袋をとって、お礼を言うソフィアの左手を取ると、口元に持っていく。


「え!あの、騎士様」
「誓うよ。もう二度とソフィアを不安にさせない。俺はソフィアを一生守ると誓う」
「…」
「ソフィアには安心して過ごしてほしいからね。…何かおかしい?」


くすぐったいソフィアにルイはじとっと見つめる。何かおかしかっただろうか。
なかなかソフィアの前では格好つかない。


「騎士様になら不安にされても嬉しいです」
「…」
「騎士様?」
「じゃあ不安にさせちゃおうかな」


え、とソフィアは声を漏らす。ルイは余裕たっぷりににこにこしている。
これからどんなことを言われるのだろうか、と身構えてしまう。


「好きだよ、初めて会った時からね」
「へ!?」
「俺、可愛い子好きなんだよね」
「か、かわ…!?あの、それって本気で…?」
「うん、本気」


いつもの変わらない表情で言うものだから本気なのか冗談なのかわからず、ソフィアは不安になる。
(そりゃ、気を持たせることは沢山言われたけども…!)と頭の中がごちゃごちゃする。
じゃああの台詞も!?この台詞も!?からかってたわけじゃないってこと…!?と顔を真っ赤にさせてコロコロと表情が変わる。
その様子をルイはニコニコして眺める。


(本当に表情豊かで可愛いなあ)
< 1 / 1 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop