7日間の光
【卒業まで残り7日】

  いつの間にか、まだ誰もいない教室に今日も一番に鍵を開け、席に座る。


 学校にいる間は不思議と、家で感じるようなあの息苦しさを今は感じない。


 そのおかげで毎日登校することができているのだと思う。


  寝不足で働かない頭を横にして机の上に沈ませる。


 どれだけ寝ていても変わらない、日々の眠気。


 窓からの差し込むほどの光は、この時間にはない。


 私たちを卒業へと、この寒さが連れていこうとしていた。


 まぶしいから窓側の席は苦手。


 日中はカーテンをしていても暑さが体に伝わる。


 暖房に加えての熱ほど鬱陶しいものはない。


  そんなことを廊下側の壁に座りながら思う。


 早朝の誰もいない静かな教室。


 自分の物音だけが響く。 それが心地よかった。


 でも今日はいつもとは少し違った。


 この時間に誰かが廊下を歩く音がやけに大きく聞こえる。


 普段気にしないはずの人の足音が今日は何故か気になった。


  大きな音を立てて歩く人。


 隣のクラスの人だろうか。


  そんなことを考えていた私の変わらない日常に変化が訪れる。


 豪快に扉を開けてずかずかと入ってきたクラスメイト。


 この時間に彼が来ていたのは初めて見た。


  話したこともないため挨拶も交わさない。


  ただ、お互い視線がぶつかるだけだった。


  少し物珍しく私は感じていたが、すぐに何とも思わなくなった。


  今までも同じように来てそこに座っていたかのようにいる姿がなんだか安心感を覚える。


 私は机で突っ伏し、目を閉じる。


  左から聞こえる物音。


 鞄を開け、教科書を出す音。


 大雑把だと感じさせる気配がそこにはあった。


 少し時間が経って辺りが騒がしくなっていると、自分が今まで寝ていたことに気が付く。


  それと同時に先生が教室に入り、HRが始まった。


 そして今日も1限から6限まで眠気に耐え、何とか乗り切る。


  卒業までの残りの授業もあと何回あるのだろうか。


 帰りのHRを終えクラスの中では卒業までのカウントダウンが始まり、そんなことをふと考える。


 残り7日。


 そんな声が教室から聞こえた。


  一週間を切っていると聞いてもまだ卒業の実感がわかない。


 きっと卒業した後も実感はないのだろう。


  ただ、何かやり残したことはないのかと自分の高校生活を振り返ってみると 青春らしいことは何もしていないと思ってしまった。


  学生の間には青春という言葉が少なからず日常についてまわる。


  今まで意識していなかったとしても卒業間近にでもなれば嫌でも意識してしまう。


  それがとても私の心を孤独にさせた。


 今後の将来の不安よりも果たして今、未来の私が後悔しないような青春ができている自信がなくて怖かった。


 顔を下に向けたとき自分の机の上にある日誌を見て思い出す。


 「今日、日直だった…」 あわてて今日のページに書き込む。


 その後、案外 早く終わるだろうと高をくくっていたがその予想は外れ見事に私一人が教室に居残っている状態だった。


 朝も放課後も教室に一人でいることは初めてかもしれない。


  朝に見る窓からの景色とは少し違った。


  オレンジ色に光るまぶしい空に目を細める。





 「早く帰ろう。」





 自分の机に向き直り鞄を肩に掛け教室から出る 鍵を閉め終えたとき、


 後ろから走って向かってくる大きな足音が聞こえた。


  思わず振り向くとそこには焦った表情でこちらに向かってくる今朝の彼。


  あまりの迫力に思わず一歩下がってしまう。 彼は上がった息を必死に整え口を開いた。





 「忘れ物しちゃって…」





 あまりにも急いでいるかのようなその言い方と様子に思わず反射的に扉に鍵を差し込む。


  そして思いのほか大きな音を立てて開けてしまった。


  私が視線を上げた時に目が合うと急いで教室へと入り机に向かった。


  しばらくその様子を見ていたが探しているものが見当たらないようだった。


 私も教室に入り、近くまで歩く。





 「あった…?」





 机の中を覗き込む彼に、屈みながら声を掛けた。





 「ないかも」





 そう残念そうに話して立ち上がりあきらめた様子で私に向き直った。


  何か言いたげな表情をしていたが、なにも言わずにただこちらを見ている。


  数秒の沈黙の後やっと口を開いた彼は私の名前を口にした。


 「夜神さん」


名前を呼ばれたことに少し驚いたが何とか私も返事をする。







 「…はい」













 「……俺の彼女になって」








・・・――――――





お れ の か の じょ に な っ て…。





 まっすぐに私の瞳を捉えるその表情が目の前にある。


 何を言っているのだろうかと思わず首をかしげてしまった。


  さっきまで忘れ物を探していたと思ったら急に突拍子もないことを言い出す。


  思わず首を横に振ってもなお、私を見続けてくる。


 また数秒、間が空いたかと思えば、急にふっと笑いごめんごめんと笑顔を見せた。





 「ちょっとからかいたくなっちゃた」





 そう言葉にし、また笑うその目を見た時、なんだかその表情から目が離せなかった。


  夕焼けの光に照らされる彼はとても眩しくて、笑っているだけでなんだか絵になるような不思議な人だった。


  結局なにを探しに来たのかはわからなかったが、その後もあわててお礼を言い、教室を去って行った。


  今まで関わることが全くなくて思い出せないでいたが、大川という名前の人だった。


  行動が全く予測できない彼らしい名前だと、今更ながらに覚える。


 名前を思い出してもきっと今後、関わることはないだろうと思っていた。



 
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