最強男子はあの子に甘い
 乙部さんとは学年が違うこともありあまり会うことはない。
 二年トップとして彗くんのそばにはいても、私を見つけると気を遣いすぐその場を去りがちである。

 そんな乙部さんと珍しく廊下ですれ違って、「こんにちは!」と笑顔で挨拶し頭を下げた。
 しかし乙部さんは挨拶した私の横をスッと無言で通り過ぎて行く。

(あれ……?)
 
 無視されてしまっただろうか?
 それとも挨拶は受け取ったけれど返すほどではないといった上級生の振る舞いだろうか?
 
 どちらも、ありえる。
 しかしお手本みたいに礼儀正しい乙部さんが、挨拶を無視をするとは思えなかった。
 首をかしげて乙部さんの背中を見つめていると、急に彼は振り返ってあわてて私の元へと戻って来る。

「あぁ……榎本さん!すみません、僕ちょっと……ぼうっとしてました」
「乙部さんでもぼうっとすることあるんですね」

 私は乙部さんが人間らしい部分を見せてくれたことがうれしくて、ふっと笑うと彼は反省するような息を吐いた。
 
「考えごとをしながら歩くのはよくないですね……」
「何かまた面倒なことでも起こってたり……?なぁんて?」
「そうですね、かなり面倒なことが個人的に……」

 私が心配しながら乙部さんに訊ねると、面倒なことはあるそうだがどうやらそれは、乙部さんが個人的に抱えていることらしい。
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