相談室のセンセイと、秘密の時間
6. どこにも行かないで
相談室へ戻ると村越さんはソファーに座って紅茶を飲んでいた。
テーブルの上には先ほど残ったたい焼きが二つ乗ったままだった。

私が部屋を出た時と何も変わらない光景のはずなのに村越さんの背中が小さく見えた。相談室の中には意図的に時計が置かれていないので分からないけど、辺りはもう真っ暗で、5時を過ぎた頃だろう。

「今日はありがとうございました」

「僕はここに居ただけ。頑張ったのは彩葉さんだよ」

「でも村越さんが居たから母に伝えたいことを言えました」

「こっちにおいで」

村越さんはソファの隣を指差して言った。
私は言われるがままに村越さんの隣に座った。
胸は否応なしに高鳴る。
すると、村越さんは見透かしたようによしよしと言いながら頭を撫でてくれた。

「頑張ったね。君の名前には素敵な由来があったんだね。彩葉さん……いや彩葉」

このまま泣いてしまいたかった。
村越さんの胸に縋れば、私の抱える不安も恐怖も消える気がした。
でも、それじゃきっと時計の針は止まったままなんだろう。
それだけは嫌なんだ。

村越さん……お願い、もうどこにも行かないで。
私の前から居なくならないで。
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