野いちご源氏物語 第四巻 夕顔(ゆうがお)
源氏(げんじ)(きみ)を小さいころからお育てしてきた乳母(めのと)が、重い病気になってしまったの。
源氏の君はお見舞いに行かれたわ。
乳母の家の周りは小さな家がごちゃごちゃと建っていて、いわゆる庶民(しょみん)の住むところね。
門の(かぎ)を開けるのを待つ間、源氏の君は乗り物のなかからめずらしそうに通りを(のぞ)いていらっしゃった。

すると、乳母の家のとなりに風流な家があったの。
女性が何人もいるのがうっすら見えて、どういう人たちが集まっているのだろうと気になさった。
乗り物はいつものご立派なものではなくて、もっと身分(みぶん)の低い貴族が使うものに乗っていらっしゃった。
まさかご自分が乗っているとは思わないだろうと油断なさって、少しだけお顔をお出しになったわ。
よく見るとなんとも貧しそうな家なの。
「まぁ、どこに住んだとしても所詮(しょせん)、死ぬまでの仮の住まいだものな」
と冷めたことをお思いになる。
源氏の君はときどきそういう一面をお見せになるわね。

その家の(へい)に白い花が咲いていた。
「あの花は何だ」
とおっしゃると、源氏の君の家来(けらい)が、
夕顔(ゆうがお)でございます。このような貧しい家に咲く花でございます」
とお答えする。
源氏の君はこれもめずらしくお思いになって、
「ひとつ折ってまいれ」
とお命じなる。

家来が折ろうとすると、黄色い(はかま)をつけた小さな女の子が家から出てきたの。
この家に仕えている子で、白い(おうぎ)を差し出しながら、
「乗り物のなかの方に頼まれたのでしょう? これに載せて差し上げてください。やわらかくて持ちにくい花ですから」
と言ったわ。

やっと門が開いた。
鍵を手にして乳母の息子の惟光(これみつ)が出てきた。
この人も、母親と一緒に源氏の君に長年お仕えしているのよ。
「鍵がなかなか見つかりませんで、このようなところにお待たせして申し訳ありません」
と謝っていた。
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