野いちご源氏物語 第四巻 夕顔(ゆうがお)
ひさしぶりに惟光(これみつ)源氏(げんじ)(きみ)のところへやって来た。
「母の具合があいかわらずで、看病しておりました」
と申し上げてから、声をひそめて続ける。

「母の家のとなりの住人でございますが、番人(ばんにん)よりも詳しく知っていそうな者を探して、話を聞いてまいりました。しかしその者もよく分かっていないようで、『五月ころからこっそりと女性たちが暮らしはじめたようだ』としか申しません。
私がときどき(のぞ)きこんでみましたところ、若い女性がたくさんいるようでした。姉妹や友人同士で気楽に暮らしているというのではなくて、誰か一人女主人(おんなしゅじん)がいて、その人に女房(にょうぼう)たちがお仕えしているような雰囲気です。昨日は女主人らしい美しい人が手紙を書いておりました。女房たちは泣いておりましたから、何か深い事情がある人たちかもしれません」
と申し上げたの。

源氏の君は興味を引かれた。
惟光はそのご様子を拝見して、
「ご身分(みぶん)は高いけれど、まだお若くて女性からも人気がある方なのだから、このくらいの女好きは当然かもしれない。そこらのたいしたことのない男でも女好きは多いのだから」
と心の中で主人をかばう。

「女房の一人に近づいて、手紙を送ってみました。男との手紙のやりとりにも()れているようで、なかなかおもしろい若い女房です」
と申し上げると、
「もっと近づいて、事情をくわしく探れ。女主人という人が気になる」
とお命じになる。

下流(かりゅう)貴族の女性のことは、あの雨の夜の女性談義(だんぎ)でも話題にすらならなかった。
でもそんな階級(かいきゅう)に、思いがけず美しくて上品な女性がいたとしたら?
源氏の君の胸は高鳴ったわ。
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