夢見る契約社員は御曹司の愛にスカウトされる
「私はお茶の風味と苦みを正面から受け止めるものを作りたいんです。お菓子なのに甘くないなんておかしいと言われましたが、お茶の苦みの中に潜む甘さを知ってほしいんです。お茶の苦みをスパイスにされたくないんです」

「……なるほど」

 祐樹の住んでいる駅についた。それなのに彼は座ったまま。降りる気配がない。

「ちょっと祐樹さん。着きましたよ、早く降りて」

「いや、君を家まで送るよ」

「え?ひと駅だし大丈夫ですよ。病み上がりなんだから早く降りてってば……」

 背中を莉愛が押した。すごい顔で彼女をにらむ。

「僕は降りない。君は素直に僕の言うことを聞け。そんな赤い顔をして酔っぱらってる自覚がないだろう?」

「酔ってません」

「酔ってる」

「でも1人でも帰れます」

「いや、心配だから送らせてほしい。紳士はそうするものだろ?亡くなった母から、男の子は紳士になって女の子を気遣うようにと小さい頃から言われてきたんだ」

 莉愛は祐樹の寂しげな横顔を見て驚いた。

「じゃあお言葉に甘えます。でも、身体のこと無理しないでください」

 莉愛は首をかしげて彼を見た。朝は後ろで結んでいた髪が横にさらさらと流れている。

 眠いのかあくびをして目をこすりながらふらふらと歩く。

 赤い顔で、はーっと息を吐きながら両手をこすっている。

 酔っているのか車道のほうへ歩いていく莉愛を、祐樹が手をつかんで歩道に引っ張っていく。
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