夢見る契約社員は御曹司の愛にスカウトされる

彼の素顔1

 あの日から一週間と一日経った。

 今日、花邑社長から息子との政略結婚を破棄したいという連絡が父にあった。

 あっけなく莉愛は自由になった。どうやら花邑はサエキ商事と何らかの取り決めをしたらしい。

 祐樹さんのお陰だなと父が喜んでいた。

 ところが、肝心の祐樹から莉愛にあれから全く連絡がない。

 莉愛はあの日のことは全部夢だったんじゃないかと思いはじめていた。

 正社員のことも、プロポーズのことも、まるでなかったかのようだ。

 だが、父にはサエキ商事の担当者から電話が来たらしく、後日会うことになっていると言っていた。

 必要書類は郵便で送られてくるので目を通しておいてほしいと言われたそうだ。

 つまり、莉愛のこと以外は話が進んでいる。

 莉愛は嫌な予感がした。

 彼は千堂製菓の次男で、今はサエキ商事の社長の息子として養子に入ったと言った。

 それに対して、莉愛は千堂製菓で正社員を望んでも許されなかった。

 彼が突然、家族にそんな莉愛と結婚したいと言ったらどうなるだろう。

 しかも交際はしていなかった。付き合う前の、いわゆるそれらしき煙すらたっていなかった。

 祐樹は花邑茶舗の提案を阻止するために、サエキ商事が一度断っていた取引の話を勝手にあの場で蒸し返したに違いない。

 つまりは、縁談を断つため祐樹に莉愛が無理をさせたようなものだ。

 祐樹はおそらく、彼の養父である佐伯社長に怒られているんじゃないだろうか。
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